6 認知バイアスの排除

6.4 値ごろ感トレードの排除

ある概念を理解するためには、その反対概念が何かを考えることが有益な方法です。この点、戦略的売買の逆の概念を一言でいえば運に頼った売買です。運任せの売買とは、賽を転がして奇数とでればロング、偶数とでればショートと判断するような単純なものだけを意味するわけではありません。最も注意すべきもの、また無意識に陥りやすい心理的な罠としての運まかせの売買として、値ごろ感に基づくトレードがあります。

値ごろ感トレード

値ごろ感トレードとは、精緻なテクニカル分析やファンダメンタル分析を一義的根拠とするものではなく、ここ最近の価格レンジからみて何となく安く感じる或いは高く感じることを根拠としてロングもしくはショートポジションを構築するトレードです。

値ごろ感トレードの怖い点は、思考的負担が極めて小さい割りには全く話にならない勝率というわけではない点です。当たり前ですが、自分が直感的に安く感じる価格帯は他のトレーダーもそう感じているであろうがために買いが入りやすく、逆に自分が高く感じる価格帯は他のトレーダーもそう感じているであろうがために売りが入りやすいことは、他言を要さないでしょう。下手な考え休むに似たりという諺がありますが、実際、基礎的知識が欠如した粗雑な思考よりは単純で素直な直感に従う方がむしろ良い結果につながることが多いことは、相場に限る話ではありません。

ただ、致命的なダメージを発生させるポジションは、この値ごろ感に基づく安易なトレードが原因になっていることが非常に多くあります。一回性のみの判断なら取りうる判断基準となり得ても、長期に渡り継続的に利益を上げていくデイトレーダーとしてはこのような値ごろ感を根拠とする売買は取るべき手法とはなり得ず、全面的に排除すべきものです。

テクニカル分析・ファンダメンタル分析に基づいた客観的判断からは安くないものを安く感じてしまい高くないものを高く感じてしまう現象、つまり値ごろ感の錯誤の発生を防がなくてはなりません。そのためには、値ごろ感の錯誤が発生する典型的なケースを類型化しておく必要があります。

値ごろ感の錯誤が発生する典型的ケース

例えば、近い将来にドル円が下落するだろうと予測しショートポジションを構築したところ、思うような下降トレンドがなかなか発生せず、含み損が生じたとしましょう。

仮に下降トレンド発生の予測自体は正しくとも、ピンポイントで適切なポジションをとることは難易度が高いですし、チャートは理論に沿う傾向があるものの偶然の要素を常に内包しますので、デイトレーダーとして継続的に取引をしていく上では、こういった状況は珍しいものではなくまた不可避なものでもあります。

こうした場合に「もしかしたら判断を誤ったのではないか」という疑念が頭の中によぎるのは無理からぬことです。疑念は払拭されるべきものであり、それ故に一旦はポジションを整理しフラットな状況から再度の判断が推奨されます。したがって、第一に考えるべきは同値撤退でしょう。すなわち、建値と同値で反対売買の決済注文を入れることが基本的な行動指針となります。また、これはORTHRUS STRATEGYが推奨する利小損大の戦略的観点とも相性の良い判断です。

ただ、自分がポジションを構築した価格帯は、よほど独自の分析や視点を根拠としたものでない限り、その他の多くの人もなんらかの節目と考えるラインである可能性が高いでしょう。つまり、サポート・レジスタンスラインとして機能する可能性が高くなります(なぜサポートとレジスタンスが機能するかについては、5.2 心理的背景を参照)。そうすると、指値に届きそうで届かないもどかしい状況が長時間にわたり継続する場合があります。

一つの考え方としては、僅かな損失を許容し、同値よりもやや高い指値を置くことで早期の撤退を計ることでしょう。これは時間の節約にもなり、新しくポジションを構築する機会を獲得できるという点で不合理な戦略ではありません。ただ、僅かとはいえ損失の発生を許容するという心理的抵抗の克服を要求しますし、僅かな損失も積み重なれば大きなダメージとなりえます。とすれば、時間をかけてでも同値撤退を待つこともまた、合理な戦略といえます。

ただ同値撤退を狙う場合の問題は、なかなか指値に届かないという苛立ちを、トレンドと錯誤してしまうケースがある点です。すなわち、指値に届きそうで届かない苛立ち、下落しそうでなかなか下落しない苛立ちの感情的な強さを上昇トレンドの強さと脳が勘違いしてしまうことがあるということです。こうなってしまうと、ようやく下落してレジスタンスラインが突破され同値撤退ができたや否や、実際にはラインが突破され下降トレンドが発生していているにも関わらず、上昇トレンドがあるかのように感じてしまい、現在価格が安く値ごろに感じられ、先ほどまでのショート目線とは逆にロングポジションをとってしまう現象が発生します。

実際にはラインが突破されて下降トレンドという当初の判断が正しかったことが証明されたにも関わらず、さきほどまでのなかなか指値に届かない苛立ちという個人的な感情がマーケットにおける上昇トレンドを示す客観的な根拠であるかのように勘違いしてロングをもってしまうことがあるということです。

さらに、ロングに転じた後で価格がより一層下落して再び含み損のポジションとなってしまった場合、直前のトレードで同値撤退が成功した記憶が認知を歪め、明確な根拠なしに今回も同値撤退ができるだろうと感じてしまう土台ができてしまう分、適切な判断を下すために必要な心理的克服の難易度は前回よりも高くなってしまいます。結果として判断が大きく遅れてしまったり不適切なナンピンを行ってしまい損失が拡大してしまうことがあります。

こうした認知の歪みは知っていたからといって容易に正せるものではありません。認知の歪みとは、客観的には正確でないにも関わらず本人には親和性・正当性が強く感じられる心理的傾向であり、多くの場合無意識に発生します。そうすると、その感情的親和性・正当性を裏付ける根拠を無意識に選別して採用するようになり、感情的結論にあうように論理を構築してしまい、結果として大きな判断の誤りにつながります。

対処するためには、認知の歪みに陥るシチュエーションを極力排除していくことが重要です。単純且つ有効な方法としては、一定時間以上をかけて同値撤退が実行された場合、時間的間隔をおかずに即座に新たなポジションを建てることを避けることです。どの程度の間隔をおくかはマーケットの状況によりその都度考える必要があります。ただ、最低でも当該の同値撤退が実行された1時間足が確定されるまでは新たなポジションの構築は控えるべきでしょう。マーケットにおいてチャンスは無限に存在します。慌てる乞食とならぬように注意しましょう。

サンクコスト理論

伝統的経済学では、合理的な決定は将来の費用の考慮においてのみなされるものとされますが、行動経済学においては、このように過去に費やした埋没費用すなわちSunk costも行動決定に影響を与えるとされます。

つまり純粋に将来の値動きを予測した上でポジションをとる(=将来の費用のみを考慮する合理的な意思決定)のではなく、同値撤退できるまでに感じた感情的な苛立ちや経過した時間をコストととらえ、そのコストに見合うような報酬を得ることを期待するがゆえのポジションを取ってしまう(=埋没費用を考慮した意思決定)場合があるということです。

トレーダーとしては、売買の決定に際して認知の歪みをもたらす危険性のあるサンクコストの影響をいかに排除するかを戦略として組み込んでおくべきです。

そのポジションについて強い感情や大量の時間を費やせば費やすほど、そのポジションを特別なものと感じてしまう傾向が人間にはあります。感情的・時間的コストがかかっている分、そのコストに見合う特別な価値があってほしいという願望が無意識に生まれ、客観的な評価ができなくなるわけです。換言すれば、ポジションに対するある種の依存が生じるといえます。

強い不安を長時間にかけて感じさせられた分、その経験が特別なものであってほしい、無駄にしたくないという願望が生まれ、その経験から利益を得ようとしてしまいます。こうした心理的傾向が、先の例でいえば、当初ショートポジションを構築し、その後実際に下降トレンドが発生したにも関わらず、同値撤退後に一転してトレンドに逆らったロングポジションをとってしまうという行動につながっていきます。

マーケットは、私たちの個人的な心理的事情とは無関係に動いていきます。値ごろ感トレードの錯誤は、この個人的な心理をマーケットの心理と間違えてしまう典型例です。同値撤退に時間がかかった場合には、次のポジションを構築するのに時間をあけることをルール化することで、一旦頭をリセットしてから次のトレードに向き合いましょう。

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