7.1 不完全条件の下での売買で含み損が発生した場合

不完全条件下での売買を考えておくべき理由→利小損大戦略の下では、不完全な条件でも積極的にトレードすることがあり得る

これまで、いわば戦略の「計画」について考えてきました。しかし、計画を「実行」に移す際、計画との齟齬が生じ完全に同じ条件では実行できない場合があります。

これは単純な不注意のみに起因するわけではありません。そもそも利小損大の戦略スキームは、損切りを中心に考えます。つまり、損切りを適切で合理的な発生確率と被害額とに押さえ込む一方、大多数の取引では同値撤退か小さくとも確実な利益確定を繰り返し、収支を正とするものです。この戦略においては、リスクリワード論は確率において解釈されますから、非常に多くの取引機会が巡ってきます。この多数の取引機会がある優位性を最大限に生かすため、損切りの極限モデルの条件に必ずしも完全には適合しない場面でもエントリーすることが有り得ます

そもそも、あらゆるトレードは利益期待額と損失回避性との点で二律背反する性質をもっています。すなわち、エントリーをどこでするかについては、基本的に三つの見解が存在します。つまり、転換点の成立を予測してポジションを持つのか、あるいは成立してからポジションを持つのか、それとも成立した後の価格の戻りを持ってポジションを持つのかという三つの見解です。期待できる利益の額としては当然に前者が高く後者が低くなる一方、高値掴み底値売りのリスクもまた前者が高く後者が低くなるというジレンマがあることから問題になります。

利小損大戦略の下では、小利でも確実に利益を獲得することが重要であり、救出可能性を重視しますから、基本的な方針としては、転換サインの成立後の戻りをもってエントリーすべきです。典型モデルもまた、このような基本的発想のもとに作成しています。

ただ、転換点が発生するのは多くの場合サポート・レジスタンス上であるところ、全く一度の僅かな反発もなくするするとブレイクしていくケースはそれほど多いものではありません。ブレイクするにしても大なり小なり、それなりの反応を示してからであることがほとんどです。とすれば、利小損大戦略では確率が高ければ小利でも多数の利益獲得を狙うべきですから、これを全く無視することはもったいないといえます。そこで、このような事態に対処すべく、基本的戦略方針を完全には満たしていないトレードについても、できる限りそのトレード法をモデル化しておくべきこととなります。

ここはトレーダー各人の個性・才能という係数がかかる部分ではありますが、利小損大とは積極的に小利の積み重ねを狙う取引戦略である以上、完全に条件に合わずとも判断でエントリーする場合があることは必ず想定しておくべきです。とすれば、極限モデルだけでなく、そういった条件が不完全な取引をもモデル化しておくことが利小損大の戦略の最適化を図る上で必要となります。

7章ではこの不完全条件のもとにおける売買戦略を詳述します。これもまた利小損大の戦略下における問題である以上、逆行した場合に如何に合理的な損切りができるかという観点が中心となります。

損切りの典型モデルは、完全な条件の下でトレードして失敗したケースを想定している

4章 損切りにおいて、損切りの典型モデルを構築しました。この典型モデルは、必要性許容性の観点からのものです。必要性とは、損切りする必要性が極限まで高まった状態、つまり自己のポジションとは逆のトレンドが形勢された可能性が高い状況です。これを本稿では、損切りから逆算したトレードの典型モデルを作成することで対処しました。許容性とは、保持することが許容できないほどに含み損の価額が高額になってしまった状態、つまり自己の原資に対する危機的状況です。これを本稿では、資産の-15%としました。

両者を比較した場合、必要性は客観的な相場の状況であるのに対し、許容性はトレーダーの個人的な事情です。継続的に再現性をもってマーケットから利益を獲得しようとする場合に、個人的な事情が媒介することは当然マイナスに作用します。チャートはまだ救出可能性があるのに、自分のポジション管理の甘さのためにロスカットせざるを得ないとすれば、精緻にチャート分析を行った意味が希釈されてしまうからです。従って、必要性の典型モデルが最重要となります。

ここで悩ましいのは、損切りした時点が大底になってしまう可能性です。許容性極限モデルの場合は先に述べたとおり個人の事情でありチャートとは全く無関係ですが、必要性の典型モデルの場合で考えると、損切りラインをレジスタンスの少し下に置く以上、レジスタンスが破られたかのように見えたが最終的に機能する場合、たとえば日足の安値を一瞬だけ割って大きく反転するようなケースがあります。4.12 損切りの実行では、これをできる限り避けるために対策を講じています。とはいえど、売った地点が大底になる可能性を完全に抑えることは当然できません。悔しい思いをすることもあるでしょう。

利小損大の戦略的観点からは、極力損切を避けるべき要請があります。しかし、損切りを全くしないトレードはいずれ破綻します。この大底のリスクはどうしようもありません。トレード自体に内在する危険性であり、これ以上の要素に分解することができないものです。ですから、極限状態になれば、損切りは必ず決意・執行しなければなりません。いわば最悪の状況での防衛ライン、これ以上は耐えてはならない最終ラインです。そして、チャートが下落していればしているほど、もうそろそろ反転するのではないかという期待も比例して強くなりますから損切りを実行する心理的抵抗値は高くなります。そのため、執行の条件を明確かつ具体的なものとする必要が絶対にあります。逆に言えば、損切りのラインをはっきりと定めているからこそ、利小損大の戦略にのっとり最大限含み損を耐えることができるわけです。

しかし、一旦ポジションを建てたなら常にこの極限値まで耐えることが合理的かといえば、そうではありません。なぜなら、典型モデルはいわば完全な条件でエントリーした場合における合理的な損切りラインだからです。したがって、完全な条件ではない、つまり不完全な条件の下で売買したケースには、これに対する修正が必要です。

不完全な条件の下でのトレードで含み損が発生した場合は、エントリーが不完全であった以上、常に極限まで耐える必要はない

不完全条件の売買が発生するケース

条件に則ってエントリーしたが、事後的に救出可能性が低くなった場合

エントリー時は条件に則った適切なポジションであったものの、結果として明らかに救出可能性が低いポジション、すなわち山の頂点でロング・谷の底でショートのポジションになってしまう場合があります。また、エントリー後にファンダメンタルに影響を与える重大なイベントが発生し、当初想定していた条件が崩れてしまう場合があります。これらのケースに関してはやや繊細な処理が必要なため、4.10 救出可能性からの事後検証においても詳しく解説しています。

条件に則ってエントリーしたが、感覚的に違和感を感じる場合

現実的な問題として、ポジションを建てて初めて分かる感覚というべきものがあります。いざ持ってみたら非常に不安を感じた、失敗だったと後悔したことは誰しもあるでしょう。そのような場合は不完全条件に基づく売買に準じて処理すべきです。

条件が不十分だが敢えてエントリーした場合

「損失の発生可能性を最小限にするために一定程度の時間的ロスを許容し含み損が同値で撤退できるまでに回復を待つ。そのために、逆行した場合でも救出可能性が高いエントリーを行う。このため大部分のポジションは小さいながらも利がでるか同値で撤退でき、稀に生じる損失も一定程度に抑えることができる」、これが理想です。しかし、現実の相場の動きから時々の状況に応じて条件が不十分にも拘らず積極的に利を狙ってエントリーすることは、利小損大の戦略が必然的に内包するリスクです。このような場合は、早い段階で決済すべきケースが当然に起こります。

見落しや操作ミスがあった場合

損切りの極限モデル自体は理論的に構築できたとしても、運用するのは実際の人間です。人間である以上調子の良し悪しがあります。調子の悪いときは、普通なら見落とさないような明白な条件を見落とすことがあります。またボタンの押し間違いなど、操作ミスをしてしまうこともあるでしょう。こうしたヒューマンエラーに基づく失敗が明白なポジションを極限まで耐えることは無策としか評価できません。

最も基本的な対処としては小損で撤退する

明らかに間違った売買や救出可能性が低いポジション、極めて明確に逆方向のトレンドが発生した場合にまで、ポジションを持つ必要は当然ながらありません。この場合は、いち早く果断に決断する必要があります。この場合の最も基本的な損切りラインとしては、ロングなら直前の安値を更新した時点ショートなら直前の高値を更新した時点です。これが原則となります。

また、短期モデルの場合は、為替で説明したように(参照:4.6 損切りから逆算したトレード典型モデル)、典型モデルと逆の現象が起こった時点で損切りとすることは使いやすい方法です。

利小損大との戦略的統合を保持する

しかし、ここで問題が生じます。利小損大の戦略下では含み損においては最大限のリスクを取るかわりに、その発生可能性を最小限に抑えることで成り立ちます。にも関わらず、典型モデル以外の損切りを乱発したりその執行の条件付けを誤ってしまうと、小さな損失が積み重なることによって損小損大という最悪の結果を生み出してしまいます。したがって、明確に逆方向のトレンドが発生したとまで断定できるわけでないならば、できるかぎり損切りの実行を回避する努力をすべきです。

たとえ不完全な条件下で行う売買であっても、利小損大戦略と全体的な統合性を失ってはなりません。そこで、完全条件の売買と同じように、損失発生の回避可能性を上げることを意識したモデルを構築します。これによってできる限り、損切りの発生を防ぎ同値撤退を目指します。次節では、その具体的手段について述べたいと思います。

▷次節:7.2 途転売買と部分決済

-7 不完全条件下での執行