3.3 利小損大の戦略的優位性

利小損大という通説に反する戦略をとる以上、その優位性について今一度詳細に整理しておきたいと思います。もちろん、トレードスタイルや各人の個性・才能により、この論点は様々な結論が導き出せます。ただ大事なのは、通説と異なる見解でも自分に適した戦略を一貫性をもって構築することです。

利大損小と利小損大との比較

利大損小でも利小損大でも、数学的期待値は同じ

前節の3.2 利小損大の本質的意義で述べたような戦略的解釈を加えず、字義通りの意味で考えた場合、「利大損小」は、多数の取引では小さな損失をだす一方、少数の取引では大きな利益を獲得することで、最終的な収支を正とする取引方針を指します。それに対し「利小損大」は、少数の取引では大きな損失をだしつつも、多数の取引では小さな利益を確定させ、最終的な収支を正とする取引方針を指します。この両者は、確率論における期待値は同じです。

一般に利大損小がよいとされる理由

期待値が同じであるにも関わらず、なぜ利大損小が良いとするのが通説かというと、一般に人間は損失の発生そのものを回避する傾向があるとするプロスペクト理論がよく挙げられます。この傾向ゆえに、投資行動においては損切りが非合理的なまでに遅くなってしまう傾向があり、最終的な収益がマイナスに収束してしまうとされます。そこから、利益額が小さく損失額が大きくならないようにしよう、利益額を大きくし損失額を小さくしよう、そのためにすぐに利益確定せず含み益をできるだけ伸ばしていこうというトレード方針が導かれます

利大損小によって、プロスペクト理論は本当に克己できるのかという懐疑

これは価額が大きい含み損を決済する際の心理的抵抗を考えると、一見腑に落ちやすい説明です。確かに、一回の取引に限定して考えれば、価額の小さい含み損の損切りは心理的抵抗が小さく合理的な価額で決済しやすいと思います。

しかし、プロスペクト理論が示すように、人間はその額が小さくとも損失の発生自体を嫌う心理的傾向があります。利大損小にしても、少額であれ損失が発生することに変わりはありません。損切りの回数が重なれば重なるほど、大きな心理的負荷が積み重なっていきます。少しずつ減りゆく原資を眺めながら、本当に「利大」を実現できるのかという疑心の中でエントリーを検討することは、認知の歪みを生みだしやすいと考えます。その歪みは、基本からかけ離れたポジションサイズをとることやエントリーすべきでない場面でポジションをとるといった行動へ具現化します。その結果として大きな価額の含み損を抱えることになった場合、利大損小のモデルからは適切な損切りのポイントが明確化できません。利大損小のもとでのエントリーは、「見通し通りにチャートが推移した場合にいかに獲得利益額が大きいか」を優先したポジションです。その見通し通りにチャートが動かなければ損切りをして小額の損失にとどめればよいとのことですが、なんらかのきっかけで大きな含み損へと発展した場合、予想される獲得利益額が大きいことを優先してエントリーし、ロスカットは小額で留めるはずでしたから、大きな損切りの基準はポジションをもった後から考えなくてはならなくなります。しかし、ポジションをもつと人間は馬鹿になります。売買戦略をたてなければならないのは、ポジションを持ってから考えては、認知の歪みが生じ正確で理性的な判断ができなくなるからです。そもそも「損大」それ自体が、利大損小の戦略モデルから逸脱したものである故、一定額以上の損切りは如何なる時点で決済しようが失敗であり、収益を上げる構造が崩壊したものと評価されます。より具体的にいえば、リズムよく小額で損切りできているときはいいでしょうが、ふとしたタイミングから含み損が大きくなってしまった場合、どこで損切りすべきかが全く分からなくなってしまう傾向があるということです。そうなってしまうと、そのまま膨らんでいく含み損を眺めていくしかない状態になってしまいます。

こうならないためには、利大損小の場合、画一的な損切り基準を定めざるを得なくなります。例えば為替なら、8pips逆行したら損切りという逆指値を予め指してから注文するといった具合です。損小の観点から、かなり浅いところに逆指値を置かざるを得なくなります。あるいは、高値・安値をサポートラインとしてこれを更新したら損切りとする方法もあるでしょう。しかしこうなってくると、エントリーのポイントがかなり限られてきます。エントリーのポイントが限られてくることは、トレードの大部分の時間はチャートをひたすら観察するという作業になることを意味しています。逆にいえばこうした作業が苦にならない性格・特性であれば大丈夫ですが、こうした作業に苦痛を感じる性格・特性である場合、退屈に耐えきれず、認知が歪められ上に述べたような不合理な投資行動へと結びつく危険性が極めて高くなります。そして、そのポジションは大きな損切りを前提としていないものであり、ゆえに含み損が大きくなった場合になす手がありません。ポジションを一旦持ってしまった後は、フラットな目線で考えることはもうできなくなっています。

利小損大の場合

それに対し、利小損大のモデルの場合、小さな利益を獲得していくことで着実に増える原資を眺めるつつトレードの参入を伺うことができます。この心理的平衡を保つことができる事実は、そもそも損切りの可能性を生じうるような愚かなポジションを持ちにくい点において極めて有利に働きます。また、含み損を決済するにしても、事前に典型モデルとして組み込んでさえすれば、その発生額を事前に想定しうる範囲に留めることはできるはずです。もっとも単純なモデル化は、一回のトレードにおける最大ロスカット額を、それまでの小さい利益の積み重ねの総額の範囲内に収めることでしょう。

そもそも、全てのトレードを利益確定で終えることは一年間を通じたデイトレードでは絶対にありえません。大なり小なり損切りをしなければならない場面は必ず訪れます。いずれにせよ損失の発生自体を回避するという人間の自然な傾向に逆らう場面は生じるのです。とすれば、利益確定をいかに合理的にするかを軸とする利大損小のモデルよりも、損切りをいかに合理的にするかを基軸とする利小損大のモデルの方が、デイトレードにおいてはより的確に危険性を回避し結果として着実なリターンを見込めると考えます。なぜなら利小損大戦略は、損切りを中心として考えられた戦略だからです。

「合理的な利益確定」は難しい

利大損小の戦略をとった場合は合理性のある利益確定が必要となる点ついてもう少し敷衍して説明します。

利大損小の場合、数多くの損失を上回るだけの合理的かつ十分な利益確定が求められます。しかし、大きく利幅をとることは、中長期のトレードスタイルと比較してデイトレードの場合はより困難です。というのは、一大きな上昇は極めて短時間のうちに起こる傾向があり、しばしば事前には予測しがたい突発的な要因において生じるからです。リアルタイムで急激な上昇を観測したとしても、それが本当に根拠のあるものでありそのままロングをホールドしてもよいものか裏付けがとれるには通常タイムラグが生じます。その上昇の時点で先の大幅な上げを裏付ける根拠をリアルタイムで知ることができる取引はそう多くありません。

このような大幅な上げをとらえることは、中長期投資であれば比較的容易です。つまり、利大損小は、バフェットに従い現物を超長期的視点でバイアンドホールドする戦略とは相性がいいと思います。しかし、短期に決し合理的に利確することが難しいデイトレードでは、利小損大の方に戦略的優位性があると思います。利益確定の合理性をそれほど深く考える必要がないからです。小さい利益を沢山集めればよいとは、つまるところ1円でも利益がでればその取引の合理性を首肯できます。

原資の額とトレードスタイルの関係

ここで関連して、原資の額とデイトレードとの関係性について言及しておきたいと思います。数十万の原資を一年のうちに増やそうとするならば、利小損大の戦略モデルの方が優位性は高いと考えます。なぜなら、数十万~一千万の原資の間では、ほとんど板の厚さを考える必要がないという大きなメリットがあるからです。新興株にせよ暗号資産にせよ、流動性が高く板の薄いマーケットでは、数千万単位の取引は注文にせよ決済にせよ、価格に与える影響が大きいため取引できる場面や銘柄が限定されるのに対し、この原資の額での取引は、それらをほとんど考慮に入れる必要がなく、ほぼ全ての新興株・暗号資産に即座に参入し、少額でも多数の利益を迅速に確定していくことが可能です。特に株式においては、板の厚さを考慮しなくてよいトレードは難易度が大きく下がります。百万円を二百万円にする難易度と一億円を二億円にする難易度を比較した場合、前者の方が圧倒的に容易です。このように利小損大は、ORTHRUS STRATEGYが提案する少ない原資を一年単位で大きく増やしそれを毎年地道に積み重ねていくという戦略目的に適合するのです。

まとめ

全く同じ能力の人間が全く同じ回数の取引をした場合、利大損小モデルと利小損大モデルとの期待値は同じです。期待値は同じなわけですから、デイトレードでは難しい適切な利益確定を基軸とする利大損小よりも、適切な損切りを中心におく考え方である利小損大の方が相性が良いと考えます。

一般的な教書は、王道ともいうべき中長期投資を前提とした記事がほとんどです。したがってデイトレーダーは、教書に従うだけでは、中長期投資における戦略モデルとデイトレードにおける戦略モデルが混在してしまい全体の統合性を失う可能性があります。トレード戦略は、その原資と目標価額にしたがって適切に選択されるべきものです。

繰り返しとなりますが、私はこれが全てのケースで万人に当てはまる最上の戦略だと主張しているわけではありません。ここで主張したいことは、各人のトレードスタイルや個性・才能の違いに基づき、それぞれに合った戦略を見つけ出す重要性です。通説と見解を異にすることを恐れず基本戦略を選択し、その基本戦略と売買方針との統合性を追求すべきです。それができれば、その戦略が如何なるものであれ、多くの個人投資家はマーケットから継続的に利益を回収できると考えます。

その上で、個々の具体的局面における優位性のあるトレードの精度の追求、すなわち戦術性を取り入れていけば、より多数の取引で大きな利益を出し、より小数の取引を小さな損失で済ませることができるようになっていきます。

▷次節:4.1 損切りに対する抜本的な意識改革をする

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