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4 損切り

4.1 深層意識との戦い

「次こそはちゃんと損切りしよう」。単に決心を新たにするだけでは、この台詞を呟いた記録を更新するだけです。適切な損切りができるかは、継続的に再現性をもって資産を増やしていくに際して最重要となる能力であり、おそらくはほぼ全てのトレーダーが克服しなければならない問題です。

この点に関しては、自分の学才に多少の覚えがある人の方が一般的に不得手とする印象があります。というのも、損切りは自己の論理的思考に欠陥があった証左とする感覚があり、ここに自信を持っていればいるほど心理的抵抗が大きくなるからです。

従って、損切りについては自分が納得できる心理プロセスを徹底的に脳に刷り込んでおく必要があります。行動パターンとして頭に定着させ、習慣とさせる必要があるのです。単に損切りが大事ということを知っているだけでは、分かってはいるけどやめられない状態、すなわちやらなくてはいけないとは思いながらも実行はできない状態になります。人間の意識とは、自分が感じていることが全てではありません。無意識の領域が表層意識の奥に膨大に広がっています。無意識の発見はフロイトによる精神医学上の最大の発見の一つであり、これによりルネッサンス以降の合理的存在としての人間像は修正を迫られることとなりました。現代に生きる我々もまた、この前提に則り思考しなければなりません。損切りすべきなのは分かっているが実行できないのは、この無意識の領域からくる欲求に表層意識が負けているからです。

これを完全に克服する術は存在しないと考えます。無意識という形の見えぬ深淵を相手として完全な勝利を収めることは不可能です。だからこそ、損切りを検討する局面の発生は最大限の注意をもって忌避しなければならないのです。

にもかかわらず、この悪魔的存在と、年に何回かは対峙しなければならない局面にぶつかります。ここでなんらの用意もしていないと、反転を熱望しなんとかそれを裏付ける要素をありとあらゆる方向から探し求めてしまいます。あらゆる時間足やオシレーターを描画させ、またニュースやtwitterを漁り、自己のポジションが救われることを期待させる情報を世界の果てからでも探し出してきます。そして才能のある人であるほど極めて高度な分析を行い、高い説得力をもつ言説を自分に言い聞かせてしまいます。結果助かることもままあるかもしれません。しかし、最終的に行き着くところは破綻です。

これを克服するためには、先に述べたように、自己が納得できる損切りの心理プロセスを頭に徹底的に刷り込む作業が必要です。自分で考え、最大限納得できる理論を言語化しておかなければなりません。以下は私が私自身を納得させるために常に頭に刷り込んでいることです。

「マーケットは不完全情報の場であり、時として不合理な動きをする。故に損切りしたからといって必ずしも自分自身の才能に疑いを生じせしめるものではない。また、損切りすることにより新たなポジションを取る機会を獲得することができる。」

これはある種の刷り込みなので自分で直感的に納得できるものであれば厳密に論理的なものでなくともかまいません。また、他者からのコピーではなく、自分の個性や才能に適合した自分なりに納得できる言葉を探し出し、それを簡潔にまとめておくことが重要です。その際「損切りしなければ破産してしまう」といった恐怖心を刺激するものではなく、希望を感じさせる前向きなものでなければなりません。恐怖心は深層心理に対しては抵抗値が高く、それゆえに刷り込みにくいものです。

これを前提として、では具体的にどのような状況の場合に損切りを実行するか、その基準を明確にする作業を次節以降で述べます。

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