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4.1 損切りに対する抜本的な意識改革をする

損切りできるかはトレーダーとして最も重要な能力

「次こそはちゃんと損切りしよう」、そう決心を新たにするだけでは、この台詞を呟いた記録を更新するだけです。適切な損切りができるかは、継続的に再現性をもって資産を増やしていくに際して最重要となる能力であり、おそらくは全てのトレーダーが克服しなければならない問題です。

地獄に引き摺り下ろされないために

損切りという悪魔に対峙しなければならない局面は必ず登場します。その際に、なんらの用意もしていないと、いつか必ず地獄に引き摺り落されます。

損切りに対する備え失くして含み損のポジションを持つことは、鎧も剣も身につけず聖なる加護も受けていないのに悪魔に戦いを挑むようなものです。溺れるものは藁をも掴むように、反転を渇望し、自分のポジションの正当性を裏付ける要素をありとあらゆる方向から探し求めてしまいます。あらゆる時間足やオシレーターを描画させ、またニュースやtwitterを漁り、自己のポジションが救われることを期待させる情報を世界の果てからでも探し出してきます。そして知的で勤勉である人ほど情報の海から微細な手がかりを探し出し、極めて高度な分析を加え、いずれ救われると自分に言い聞かせてしまいます。悪魔は気まぐれで、見逃してくれる場合もよくありますが、最終的に行き着くところは破滅です。

無意識レベルからの改革が必要

損切りは、高い知的能力がある人でも最初から上手にできる人はほとんどいません。むしろ、自分の能力に多少の覚えがある人の方がより不得手とする印象さえあります。というのも、損切りを自己の論理的思考に誤りがあった証左と感じてしまい、ここに自信を持っていればいるほど心理的抵抗が大きくなるからです。

従って、損切りについては自分が納得できる解決プロセスを徹底的に脳に刷り込んでおく必要があります。行動パターンとして頭に定着させ、習慣とする必要があるのです。単に損切りが大事と知っているだけでは、分かってはいるけどやめられない状態、すなわちやらなくてはいけないとは思いながらも実行できない状態になります。

人間の意識は自分が感じていることが全てではありません。無意識の領域が表層意識の奥に膨大に広がっています。無意識の発見はフロイトによる精神医学上の最大の発見の一つであり、これによりルネッサンス以降の合理的存在としての人間像は修正を迫られることとなりました。現代に生きる我々もまた、この前提に則り思考しなければなりません。損切りすべきは分かっているが実行できないのは、この無意識の領域からくる欲求に表層意識が負けているからです。

無意識レベルの罪悪感や恐怖心を取り除く

これを克服するためには、先に述べたように、まずは深層意識レベルでの意識変革が必要です。具体的なプロセスを検討する以前に、まずは総論としての損切りの指針を言語化して無意識の領域に叩き込まなくてはなりません。例えば、以下は私が私自身を納得させるために、自分の手帳の見開きのページに毎年書き込んでいる言葉です。「マーケットは不完全情報の場であり、時として不合理な動きをする。故に損切りしたからといって必ずしも自分自身の才能に疑いを生じせしめるものではない。また、損切りすることにより新たなポジションを取る機会を獲得することができる」。

これは、誰かのコピーではなく、自分の個性や才能に合致した納得できる言葉を紡ぎ出し、それを簡潔にまとめておくことが重要です。また、具体的な内容以上に、刷り込みとしての機能が重要なので、自分が直感的に納得できるものであれば厳密に論理的でなくともかまいません。その際は「損切りしなければ破産してしまう」といった恐怖心を刺激する方向ではなく、希望を感じさせる前向きなものである方がより高い効果があります。意図的に深層意識にアクセスしようとする場合は、恐怖心だと人間の本能として抵抗値が高くなってしまい、それゆえに刷り込みにくいからです。

必ず紙に書き出し、肯定的な言葉だけを口にする

重要な点は、必ず紙に書くこと、そして日頃から損切りに対する肯定的な言葉だけを口にすることです。”言霊”という概念があるように、自分が発した言葉は単に情報伝達のための記号としてではなく、無意識のレベルに影響を与えます。トレーダーは絶対に「損切りってなかなかできないよね」といった否定的な言葉を口にしてはいけません。これはある種の自己防衛機能であり、損切りに失敗したときの口実を先回りして言っているだけです。「損切りはして当然」「損切りは新しいチャンスの始まり」「自分は上手に損切りできる」を口癖にしましょう。注意すべきは、他の投資家と交流を持つ際に、損切りについて茶化したりジョークにして笑い話にしたりしないことです。あまりに否定的なことばかり言う人とは距離を置くことも大切です。

「適切な損切りができる人」はトレーダーとしての最終目標といってよい

適切な損切りは、トレーダーとして追及すべき最終的な目標といってもいいものです。もちろん、本当の最終的目標は資産を増やすことですが、適切な損切りさえできるようになれば資産は必ず増えます。「資産を増やしたい」といくら思っても思うだけでは適切な損切りができるようにはりませんが「適切な損切りができるようになりたい」と願いそれが実行できれば必ず資産は増えます。

ここが受験やスポーツなどと違う点で、「あの大学に合格しよう」「インターハイにでたい」といったケースでは最終目標とそのために必要な行為が具体的で明確であるのに対し、お金を増やす行為は到達地点においても手段においても際限がなため、具体的な行動イメージを持ちにくいのです。トレーダーにとって最終的な目標は「適切な損切りができるようになること」です。もちろん本来は損切りは投資スキルとしての一手段ですが、これさえできれば、効率性の点でなお問題は残るにせよ、資産が+の方向に継続的に推移する状態には必ずもっていくことができます。

損切りを単なるツール・手段として考えてはいけません。損切りができることはある種の人格的理想・トレーダーとしての道徳といっても大げさではないほどの重い意味付けを持たせなければ深層意識に入り込んでいきません。

資産が築けること自体よりも、自己の恐怖心と利己心を克己し損切りができる人格になれたことの方により大きな喜びを感じるようになれば、おのずと資産はついてきます。

その上で、損切りの具体的プロセスを可視化していく

こうして深層心理への刷り込みを前提としたうえで、さらに自己が納得できる損切りの具体的プロセスを可視化し、頭に徹底的に叩き込む作業が必要です。では具体的にどのような状況の場合に損切りを実行するか、その基準を明確にする作業を次節以降で述べていきます。

▷次節:4.2損切りの基準は、明確で具体的でなければならない

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