2020年はアメリカ大統領選挙の年です。トランプという特異な輪郭をもつ大統領が再選を果たすか民主党候補が当選するかで、アメリカ経済ひいては世界経済の見通しは大きく変化します。何れにせよ、トランプ当選以後の株式チャートは、この利益獲得の好機を逃さないための前提として重要です。
当選から就任後の期待形成期
2016年11月8日の当選直後から、ドル高と併せて株高が進みます。国内的には大型法人減税と公共事業拡大、国際的には保護貿易を標榜するトランプを、マーケットも一先ずは歓迎しました。
ところが、2017年3月、政権最初の試みであるオバマケアの改正が頓挫します。これにより、減税や公共事業に関する公約実現も不安視され、株価は下落しました。しかし、FOMC議事録要旨でハト派寄りの慎重な利上げ方針が示唆されたことで株価は上昇基調を取り戻し、結果としてオバマケア改正の挫折はよい押し目となりました。
その後、ドラギECB総裁やカーニーBOE総裁のタカ派発言を受け再び金融引き締めが意識される場面や北朝鮮との地政学リスクが高まる場面はありましたが、上昇トレンドの基調は維持されました。
税制改革法
2017年9月末に税制改革法(Tax Cuts and Jobs Act)の具体案が公表され、共和党も迅速に実現に向け動いたことで、株価はここから強力な上昇をみせます。実際に法案が成立した週は達成感に伴う売りがでたものの、法案成立後も材料出尽くしとはならず、良好な経済指標と原油価格上昇によるエネルギー株の急騰を受けてマーケット全体に更なるリスクオンが波及し、四週に及ぶ熱を帯びた上昇が続きます。
総楽観ともいえる状況の中、2018年1月末、良好な雇用統計を受け10年債利回りが急上昇したことを契機に二週にわたる大きな下落が突如発生、税制改革法案成立時点の価格水準まで押し戻されました。しかし、10年債利回り上昇が落ち着くとともに株価も回復をみせます。
貿易摩擦
税制改革という対内政策において一定の成果を収めたトランプ政権は、貿易不均衡の是正という対外政策の公約実現に向けて本格的に動き始めます。最初に目をつけたのは鉄鋼・アルミニウムです。2018年3月、安全保障上の必要があれば輸入の制限を認める通商拡大法232条を適用し、両製品に高い関税を課すことを発表しました。なお、これは中国をターゲットとするものではありますが、EUや日本も含めた殆どの国が対象となりました。中国からの輸入だけを禁止しても第三国を経由して輸入されれば意味がないからです。鉄鋼・アルミニウムはあらゆる分野で必要とされる国家の基盤産業ですから、国内の鉄鋼・アルミニウム産業が衰退することはどの国家であろうと望ましくありません。なにより、防衛に直結する兵器の製造には鉄鋼・アルミニウムの高度な生産力が必要不可欠です。とはいえ、自由貿易を是とする自由主義国家において、このような措置が発動されることは異例です。さらにこの時期、コーン米国家経済会議委員長、ティラーソン国務長官、マクマスター大統領補佐官の辞任が相次ぎ、政権運営に対する不透明感がマーケットに強く意識されるようになりました。これらの事情により、数か月前の10年債利回りの急上昇に伴う下落から日をおかずして、再び大幅な下落が発生します。
日本やEUとは一先ずの解決がなされ、中国とも通商会議がもたれたことで、市場は一旦の落ち着きを取り戻し、株価も緩やかな上昇を描きます。しかしこの間も米中貿易戦争は着々と、そして本格的に進行していきます。アメリカは、対中追加関税第一弾として2018年7月ロボットなど818品目340億ドル相当に25%、第二弾として同年8月半導体など284品目160億ドル相当に25%、第三弾として同年9月家具家電など5745品目2000億ドル相当に10%または25%の関税を課しました。一方中国も、それぞれに対する報復措置を講じます。第一弾として大豆など約545品目340億ドル相当に25%、第二弾として自動車など333品目160億ドル相当に25%、第三弾として液化天然ガスなど5207品目600億ドル相当に25%の関税を課しました。
こうして米中の緊張が高まっていき、とうとう2018年10月、再び10年債利回りが急上昇したことをきっかけに極めて大きな下落が生じました。サウジアラビアとの緊張激化による地政学リスク、対中強硬派のライトハイザーUSTR(アメリカ通商代表部)代表の交渉役への選任、華為技術(ファーウェイ)幹部のカナダ当局による逮捕、中国経済の悪化を示す指標結果、メキシコとの国境の壁建設をめぐる政府機関の一部閉鎖の可能性などを材料としながら、株価は下落し続けます。
ここで注目すべきは、FRBがどう動いたかです。FRBは、暴落の最中である2018年12月のFOMCにおいても予定通り利上げをし、ドットチャートも今後の引き締めの継続を示唆するものでした。これは利上げ方針を継続する姿勢を示したと解釈され、いよいよ本格的な景気後退の予感が漂うようになり、結果としてトランプ就任以後の株価上昇の大部分を打ち消すほどの大きな下落を導きました。
FRBの金融政策の転換
悪材料が重なり総悲観がマーケットを支配していましたが、パウエルFRB議長が一転して、必要であれば利上げ路線からの変更もありうると金融政策の変更可能性を示唆したことで、状況が大きく転換します。議事録要旨やベージュブックでも景気見通しに対するFRBの楽観論が後退したことがみてとれ、追加利上げに対するマーケットの懸念も後退しました。
また、2018年12月ブエノスアイレスで開かれたG20の際に米中の首脳会談が行われ通商協議に進展がみられたこと、また経済指標は良好であり景気減速懸念も和らいだことで、再び勢いのある上昇が観察されました。途中、中国の人民代表大会やEUのECBにて世界経済成長に対する疑念が湧きあがったものの、その疑念をアメリカの良好な耐久財受注状況が打ち消し、株価は暴落前の水準まで回復しました。しかし、その後の通商協議の難航によるアメリカの関税引き上げ、さらにそれに対する報復としての中国のレアアース対米輸出規制の示唆により、再び暴落の恐怖がマーケットに広がります。レアアース需要の約8割を中国からの輸入に依存しているアメリカにとって、禁輸は痛手となり得ます。
しかし、ここで再びFRBが利下げの可能性を示唆したことで更なるアメリカ経済の伸びしろが意識され、さらに雇用統計が弱かったことで利下げの早期実施の期待が高まり、下落は食い止められました。その後、FRBは実際に10年半ぶりの利下げを行います。ところが、パウエル議長が必ずしも持続的な利下げを約束するものではないと発言したことで、市場にはむしろ失望感が広がり、株価は大きく下落しました。とはいえ、米中が協議に積極的な姿勢を改めて示したことで、本格的な下落には至りませんでした。ただ、アメリカによる中国の為替操作国認定や中国による報復関税の示唆など通商協議自体は難航が続きます。
米中第一段階合意
2019年9月に対中追加関税第四弾が発動されます。これは、アメリカが3243品目1200億ドル相当に15%の関税を課すもので、報復として中国が1717品目750億ドル相当に最大10%の関税を課しました。実際の発動を受けて株価も下落しました。
しかし、通商協議の結果、全面的な解決ではないけれども特定部分における限定的な解決という意味でアメリカ当局が用いている"第一段階合意"に達したことが発表されました。"第一段階合意"の詳細な内容は2019年末の段階で正確には明らかとされていませんが、アメリカが中国に対して、農作物を中心とする輸入の拡大、米国企業の権利保護、為替市場の透明化、金融の市場開放を要求し、代わりにアメリカが予定していた追加関税の発動停止を約したものです。この両国の合意により、米中貿易摩擦の懸念は大きく後退しました。途中、最終的な合意形成が長引く可能性が示唆されたものの合意形成の期待自体は維持され、過去最高値圏を推移しつつ2019年の米国株式市場は終了しました。
ただ、中国の食糧輸入は近年急増しており、輸入依存国に転換したことは以前に述べた通りです。本当に第一段階合意通りの輸入拡大がなされれば、一部の農作物の国内生産に更なる後退懸念が生じることは避けがたく、中国に構造的な脆弱性を生むことになります。とすれば、文字通り輸入拡大を実行するか、半信半疑な印象も受けます。また、アメリカは中国に対して国営企業に対する産業補助金配布を取りやめるように求めています。"第一段階合意"をある種の対症療法的な合意だとすれば、"第二段階合意"は中国に対する抜本的な構造改革を要求するものです。しかし、これを中国が受け入れることは難しいでしょう。国民が自由に商売をすることで公正な競争が生じイノベーションが連続的に生まれていくことを期待する自由主義体制下の資本主義と異なり、中国は一党独裁の共産党政権によって管理された資本主義という特殊な経済体制をとっています。国営企業に対する介入を否定することは、中国が中国でなくなることに近く、経済発展をもたらした国家体制そのものに対する否定の要素を含みます。
近年中国経済が急伸した要因は、公正な国際的自由競争の結果というよりは、先進諸国からの強制的な技術移転や知的財産権にフリーライドしてきた側面が強いことは否めません。現在の中国は、その結果として達成された中進国としての立場をより一歩前進させ、本格的な先進国への転換を模索している状況です。そのための最も正当にして早い解決は、実際の技術力を高めることです。これがなされるまでは、時間を稼ぎたいというのが中国側の本音と考えます。少なくとも中国は大統領選挙でトランプが再選するかを見極めてくることは容易に予想できます。どんなにスムーズな解決がなされるにせよ、少なくともトランプ再選が果たされるまでは、"第一段階合意"以上の劇的な解決がなされることは考えにくいと予想します。
アメリカにとって覇権国家であることは、単に国際政治上の問題だけでなく、アメリカの経済システムの存立維持の問題でもあります。しかしその一方で、アメリカと中国とは対立関係であると同時に補完しあう関係でもあります。つまり問題は複雑です。大統領選挙は大きな値幅を狙えるチャンスですが、急激にドラスティックな解決がなされるとは想定しない方がよいでしょう。