""

10.6 日米の非伝統的金融政策の変遷

チャートは、しばしばニュースや要人発言で動きます。特にデイトレードでは、それがどの程度重要なものかをなるべく短時間で判断できる必要があります。その中でも量的緩和に関するものは、接する機会が多く、時として大きくトレンドを転換させるので、基本的なことは事前に理解しておかなくてはなりません。量的緩和についての概説は10.5 中央銀行の非伝統的金融政策にて既に述べましたので、本節では日米の非伝統的金融政策の具体的変遷を追っていきます。特に2014年4月に発表された異次元緩和、いわゆる黒田バズーカ以後にフォーカスを当てます。

2001年3月~2006年3月 日銀による量的緩和

2001年3月から2006年3月にかけて、日銀は量的緩和を実施しました。これにより日銀の主たる操作目標は、後に説明する無担保コールレート(オーバーナイト物)から日本銀行当座預金残高に変更されました。「日本銀行当座預金残高が~兆円規模となるように」と数値目標を設定するわけです。2006年3月に量的緩和が解除された後は、再び無担保コールレート(オーバーナイト物)が操作対象の中心となり、量的・質的緩和が導入された2013年4月まで続くこととなります。

2008年11月~ FRBによる量的緩和

2008年11月から2010年6月にかけてQE1が、2010年11月から2011年6月にかけてQE2が、2012年から2013年12月にかけてQE3が実施されました。FRBによる量的緩和です。

<FRBによる量的緩和>

国債の購入 MBSの購入+その他 合計
QE1 3000億 1兆2500億+1750億 1兆7250億
QE2 6000億 6000億
QE3 5400億(月450億) 6400億(月400億) 月850億

量的緩和と平仄を合わせる形で、FRBは、2012年1月にインフレターゲットを2%に定めました。前節の復習となりますが、インフレターゲットとは、インフレ率の目標値を設定し、その目標を達成するために金融政策を決定するものです。日銀も2013年1月に物価上昇率の目標を2%に設定しました。この目標を達成するためにマネタリーベースを増加させ経済の再膨張を起こそうというのがアベノミクスの理論的支持基盤であるリフレ派です。なお、アメリカの場合は、PCEデフレーターの前年比を、日本の場合は消費者物価指数(CPI)の前年比を指標とします。

2014年1月~ FRBによる量的緩和の終了

2013年5月にFRBのバーナンキ議長がQE3の縮小を示唆しました。いわゆるバーナンキショックです。このような、量的緩和による資産の買入れ額を縮小することを緩和逓減またはテーパリングといいます。

余談ですが、この頃のことはよく記憶しています。4月に日銀が量的・質的金融緩和を発表した日、私はラジオ日経を聞きながらトレードしていましたが、アナウンサーと解説者がいつになく興奮していました。印象的だったのが、なぜか異次元緩和実施が伝わった直後の10秒ほどはそれほど株価が動かず、私も解説者らも、あれ?となっていたのですがその直後から大きく買いが入りだし、ラジオから絶叫に近い上擦った声が聞こえてきました。その日以降株価がぐんぐんと上昇し、その後一ヶ月は、どの銘柄を買っても本当に簡単に大きな利益がでました。そしてその約一ヵ月後、QE3縮小の報道が伝わった翌日の寄り付きの悲惨なことといったらまあなかったです。コントラストが際立った印象的な一ヶ月でした。

話を戻すと、2014年から就任した後任のイエレン議長はこの反省を踏まえたのか、緩和縮小はゆっくりとしたペースで進めるし金利の引き上げは当分先であるとのメッセージを市場に継続的に送り続けます。実際、FRBのテーパリングは段階的なものでした。QE3では毎月850億ドルの買い入れを行っていましたが、終了後の2014年1月からは7回にわたり買入れ額を毎月100億ドルづつ減らしていきました。最終的に2014年10月にQE3は終了しました。ただし、FRBは、満期を迎えた国債を再投資するなどして、保有資産の総額は維持し続けています。また2006年6月以来からのゼロ金利政策もしばらく継続され、その後2015年12月に解除されることになります。

<FRBによるテーパリング>

国債の購入 MBSの購入 合計
2014.01 月400億 月350億 月750億
2014.02~03 月350億 月300億 月650億
2014.04 月300億 月250億 月550億
2014.05~06 月250億 月200億 月450億
2014.07 月200億 月150億 月350億
2014.08~09 月150億 月100億 月250億
2014.10 月100億 月50億 月150億

 

2013年4月~ 日銀による量的・質的緩和

2013年4月に、ついに日銀が量的・質的緩和に踏み切りました。いわゆる黒田バズーカです。これ以後は「マネタリーベースが年~兆円に相当するペースで増加するように」と目標設定されるようになります。また同時に、資産買い入れの方針が定められ、「長期国債の保有残高が年間約~兆円に相当するペースで増加するように」と目標設定されるようになりました。質的緩和とは、短期国債だけでなく長期国債も買い入れることやリスク性資産のETF(上場投資信託)の買い入れ額を拡大することを指しています。

ここは日本の金融政策の重大な転換点ですから、詳しく説明しましょう。この年に量的・質的金融緩和を実施する以前の日銀の金融政策の操作対象は、2001年3月から2006年3月までの量的緩和実施時期を除き、金利が主でした。具体的には「無担保コールレート(オーバーバイト物)」を政策金利とし、その時々の経済状況に応じて「~%前後で推移するように誘導する」と目標設定されていました。無担保コールレート(オーバーナイト物)とは、担保無しで当日にお金の授受を行い翌日に返済するものです。そのレート=金利は短期金利に分類され、短期金融市場の一つであるコール市場における代表的な金利です。短期金融市場とは、東京証券取引所のような具体的なマーケットがあるわけではなく、銀行や生命保険会社などが中心となって1年未満の短期間でのお金の貸し借りをする市場のことを総括的に指しています。金融機関同士の決済や金融機関と日銀・国との決済は日銀の当座預金を通じてなされますが、不足があれば決済できなくなってしまいます。というのも、市中の金融機関は日銀に開設した自己の当座預金に法定準備金という形で一定額以上のお金を預け入れることが義務付けられているからです。そこで、大きな決済の後などで日銀当座預金の残高が一時的に不足した金融機関が、お金が余っている金融機関から借りて充填することがしばしばあります。なお、なぜオペレーションによって操作する金利の対象が短期金融市場であって長期金融市場ではないかというと、短期金融市場の方が誘導が簡単だからです。そして、短期金融市場の金利が長期金融市場の金利にも波及していくことを通じて経済全体のコントロールを目指します。

日銀は、この短期金融市場に大量のお金を投入することで、お金を借りたい人が低い金利で借りられるようにしました。具体的には、日銀は買いオペによって低金利へと誘導します。買いオペについて復習しますと、日銀が市中の金融機関が保有する国債を買い取ることです。国債を買った日銀は、金融機関が日本銀行に有する当座預金へと購入代金を振込みます。すると国債を売った金融機関は、お金に余裕ができ、短期金融市場でお金を借りる必要性や機会が低下します。また、国債を日銀に売ることで多くの金融機関が沢山のお金を持つようになれば、借りたい機関より貸したい機関の方が多くなります。その需給の結果として、無担保コールレート(オーバーナイト物)の金利は低下していきます。このようにして、短期金利市場における金利を低金利へと誘導していくわけです。

そうすると、今まで短期金融市場で金利をつけてお金を貸すことで利益を得ていた銀行や生保は、金利で儲けることができなくなります。短期金融市場での貸付利子で儲けることを諦めた金融機関は、ふたたび国債を購入することもあります。ただ、買いオペを受けて国債の価格は高くなり利回りは低くなっていますから、多少リスクを取ってより高い利回りが期待できる株式等に資金が向かうことも多くなります。どういうことかというと、国債の需要が高まれば、国債の価格は高くなります。国債の価格が高くなるということは、国債の金利が安くなるということです。たとえば、2%の利子がもらえる額面100万円の1年国債がそのまま100万円で売られていたとすれば、2年後にもらえる利子は2万円ですから、その金利は2%です。これに対し、国債の買い需要が高まり、それに伴って国債の価格も高くなった結果、101万円で売られるようになったとします。1年後にもらえる利子が2万円であるのは同じとして、101万円と少し高い金額で購入していますから、金利は2÷101×100=1.98%になります。つまり、国債の価格が上がれば国債の金利は低下するわけです。国債の金利が低下すれば、国債で資産運用するよりも、少々リスクはあるけれども株式などの運用を検討する者が出てくるようになるということです。結果として、国債金利の低下は、株価の上昇要因となりえます。また、金利が下がるということは、それだけ金融機関のお金が余っている状況ですから、ただ眠らせておくよりはと、低金利で個人や企業に積極的に融資するようになります。このように、日銀が短期金融市場を低金利へと誘導することによって、連鎖的に景気回復へとつながっていくわけです。

ところが、十分に金利が低下した状況となって以後も、なぜか景気が回復しない状況が続きました。このような状況を受けて、深刻なデフレーションのもとでは低金利への誘導だけでは景気回復に十分ではなく、貨幣の絶対量を増やす必要があるのだという主張がでてきました。すなわち、マネタリーベースを増やす量的緩和を行う必要があるという意見が徐々に台頭してきたわけです。日銀は非常に慎重な態度を取り続けましたが、ついにこの2013年4月に量的緩和のみならず質的緩和も取り入れることで、異次元緩和と呼ばれるかつて例のない大規模な金融緩和を実行しました。

量的緩和は前節で既に説明したとおりです。一方、質的緩和とは、短期金利だけでなく長期金利も低下するよう誘導するものです。大量の長期国債を日銀が継続的に購入することで、長期国債の需要が高まりその価格が上昇します。上で述べたように長期国債の価格が上昇するということは、長期国債の金利が低下するということです。長期国債の金利が低下すれば、長期国債の資産としての魅力も低下しますから、購入を検討する人が減少します。そしてその分、利回りが高いリスク資産への運用を考える人がでてきて、結果株式を押し上げる効果がでてきます。また、長期国債の利回りは、金融機関が個人や企業に貸出融資する際の目安となる金利でもあります。ということは、長期金利全般が低下するということです。長期金利の低下によって、長期にわたって金利を払う必要がある大きな額の買い物、たとえば個人では住宅購入・企業では設備投資などが行いやすくなり、この点からも景気の回復を促します。

なお、国債のオペレーションは、普通の証券市場で売買するわけではありません。買いオペを例にとると、日銀が各金融機関に対して「買いオペを実施しますよ」とオペ通知することから始まります。「対象:残存期間2年以下・買い入れ額:2000億円」のように通知し、これを受けて各金融機関は価格を入札していきます。金融機関としてはせっかくの買いオペの機会ですから、なるべく高く売りたいのですが、あまりに高い買取を希望すると他の金融機関との入札競争で負けてしまいます。担当者のセンスと能力が必要なところですが、いずれにせよ市場価格で売るよりは高く売れるわけです。市場価格より高く売れるということは、最初から日銀の買いオペを狙って事前に市場で国債を購入しておけば、金融機関としては利鞘を取ることができるということです。ただ、国債がマイナス金利の場合は、日銀の買い入れがないまま満期を迎えると赤字になります。このあたりは、各金融機関の腕の見せ所です。

2014年10月 日銀による追加緩和

2014年10月に、FRBがQE3の終了を決定したのに対し、日銀は量的・質的緩和の拡大を決定しました。2013年4月の黒田バズーカと比較してみましょう。

<日銀の量的・質的金融緩和>

マネタリーベース 長期国債 ETF J-REIT
2013.04 年60兆~70兆 年50兆 年1兆 年300億
2014.10 年80兆 年80兆 年3兆 年900億

2016年1月には、日銀により「マイナス金利付き量的・質的金融緩和」が導入されました。従来の量的・質的緩和が維持されたことに加え、日本銀行当座預金のうち政策金利残高に適用する金利を操作対象と決め、これにー0.1%のマイナス金利が適用されました。なお、これも短期金利に分類されるものです。マイナス金利ということは日銀の当座預金に入れておくだけでは利子がもらえるどころかお金を取られるわけですから、金融機関としてはより一層と貸出融資を行う動機が強まるであろうこと、また企業や個人が借りてくれない場合でも金融機関が国債や株式等により積極的に投資するようになることを狙った政策です。

2016年9月には、「長短金利操作付き量的・質的金融緩和」が導入されました。引き続き短期金利をマイナス金利に操作するだけでなく、長期金利についても10年物国債利回りを操作対象とし、年間80兆円ペースでの長期国債の保有残高の増加を維持しつつ、その利回りが「概ね現状程度(ゼロ%程度)で推移するよう」にと数値目標を定め、これを実現すべく長期国債の買い入れを行うこととしました。これはイールドカーブ・コントロールの導入です。イールドカーブとは、縦軸を利回り、横軸を債券の残存期間として描かれる曲線です。短期だけでなく長期も含めた金利全般に、より強い低下圧力を加えていくことにしたということです。ただ、マイナス金利は市中の銀行にとっては負担が大きく、また長期国債が大量に日銀に買われたことで価格が極端に高騰しその利回りが低下するなど、問題も生じました。実際、イールドカーブ・コントロール以後においては、長期金利はほぼゼロパーセントとなり、日米の長期金利差はアメリカの長期金利の動向次第となる状況が続いています。このため、年間80兆円のペースで長期国債の保有残高を増加させる目標でしたが、2017年に実際に購入した金額は50兆円を割るものでした。また、国債発行済残高に占める日銀の保有率は4割を超えるに至りました。

2018年7月、このような状況をうけて、長短金利の変動幅を一定程度容認する弾力的な姿勢に軟化させます。買入れペースなどの基本方針は変化していないものの、それまで長期国債の金利について「概ね現状程度(ゼロ程度)で推移するよう」としていたものを0.2%程度の金利は容認すると変化させたのです。マーケットはこれを受けて、日銀は本音ではテーパリングを進めるつもりなのではないかという疑念も出てきました。すなわちステルス・テーパリングです。

ステルス・テーパリングへの疑念はひとまずおいておくとして、こうしてみると日銀もなかなか積極的に金融政策を実施しているのがわかります。ところが、依然として、インフレターゲットである2%の物価上昇率は実現できていません。このような点も含めて、次節では実際のドル円の値動きと緩和策との関係をソロスチャートを参考にしつつ検討していきます。

-10 為替のトレンド発生要因