一般に、普遍的価値を持つ金は安全資産とされ、景気の影響を受ける原油はリスク資産とされます。とすれば、両者の関係は、好景気であれば需要伸長が見込まれ原油価格が高くなり、不景気であれば安全を求めて金価格が高くなるという逆相関性を当然に基本とするように思えます。しかし、話はそう単純ではありません。伝統的通説はむしろ相関性を基本とします。
相関性
金と原油とは、伝統的に価格連動性があるといわれます。すなわち、原油が上がれば金も上がり、原油が下がれば金も下がるとされます。これは、原油価格が消費者物価に強い影響を与えインフレ・デフレを牽引する作用があるところ、法定通貨の価値の下落・上昇をもたらすインフレ・デフレは、金の価格形成要因となることが原因といわれます。
少し分かりにくいと思うので、具体例を挙げて説明します。原油はあらゆる産業において動力源・熱源・原料として必要とされますから、原油価格の上昇は物価全体の価格を押し上げる作用があります。物価が上昇しインフレとなれば、今まで100円で購入できたものが110円でないと購入できなくなりますから、円の価値は下落します。時間がたてば、さらに円の価値が下落する可能性がありますから、現金で所持していては損だと考える人が、安定的普遍的な価値をもつ安全資産たる金を購入し資産の目減りを防ぐ行動にでるようになります。こうして金の需要が高まれば自ずと金価格も上昇します。この一連の流れをまとめると、原油が上がれば金も上がるという現象になります。
逆相関性
しかし、近年ではこの相関は薄れ、むしろ逆相関が観察されます。すなわち、原油価格の上昇は世界経済の好調を示すものと解釈されリスクオンを導き、結果として安全資産たる金価格の下落を引きおこす一方、原油価格の下落は世界経済の不調を示すものと解釈されリスクオフを導き、結果として安全資産たる金価格の上昇を引き起こします。
特に2019年は、アメリカと中国とによる貿易戦争による世界経済全体の先行き不安から原油需要の低下を予測する声が聞こえる一方で、安全資産としての金の人気が高まり、チャートは明確な逆相関を示しました。
どう判断すべきか
この真っ向から対立する現象をどう考えるべきかが問題となります。リアルタイムの判断が要求されるトレーダーとしては、あの時は相関性があった、この時は逆相関性があったと後から解説されることにあまり価値を見出すことはできません。大事なのは自分が現場において判断できる明確な基準です。したがって、この問題に対し一定の仮説を立てておく必要があります。この点、逆相関性を基本とすべきと考えます。以下、その理由について記述します。
金価格と原油価格との相関性の起源は、五十年近く前まで遡ります。すなわち、第四次中東戦争を契機とする1973年以降の第一次オイルショック、イラン革命を契機とする1979年以降の第二次オイルショックです。この時、アメリカを中心とするイスラエル支援国家に対する経済制裁としての石油禁輸、OPEC等による原油公示価格の値上げ、イランによる減産などが生じ、九十年近く安定的に安値で推移していた原油の価格は急激な上昇をみせ、歴史的高値が記録されました。これに伴って強烈なインフレが各国で起こり、資産の実質的目減りを避けるべく金への買いが殺到したことにより金価格が急騰し、同じく歴史的高値となる1トロイオンスあたり850ドルを記録しました。金の安全資産としての性質が、インフレリスクに対するリスクヘッジとしても有効に機能することが確認された出来事と評価できます。
ただ思うに、このことは過度に一般化されたきらいがあります。オイルショックを境に原油と金との価格の相関性が強く意識されるようになり、その後も実際に相関が見られたことは事実ですが、これにはある種の自己実現性があったと考えます。つまり多くの投資家がこの相関を意識することで連動性が発現したという仮説です。経済事象を説明する場合に、チャート同士の法則性を示すことは便利な方法です。しかし、法則の過度な一般化は、本質を見誤る可能性もあります。オイルショック時における金価格の値上がりは、インフレに対するヘッジとも解釈できますが、より俯瞰的にみれば世界経済全体に対するリスクオフと評することもできます。オイルショックにおける印象的な日常的記憶として物価の値上がりが強烈に残り、ある種の象徴としての機能をもった結果、リスクオフと金という原則論の意識が薄れ、インフレと金との連動に意識が集中してしまったのだと考えます。近年における原油と金との価格の逆相関性は、リスクオンにおける原油とリスクオフにおける金という原則論への回帰であり、例外的な特殊な現象だと解釈すべきではないと考えます。
また、そもそも原油価格がインフレに及ぼす係数自体が低下していることも指摘できます。アメリカはシェール革命を経て、一大産油国に返り咲きました。シェール革命とは、今まで原油が含まれてはいるが採掘が困難であるとされていた頁岩(けつがん)とよばれる薄くぺらぺらした層からも原油を取り出すことができるようになった技術的革新のことです。これにより産油国は多様化し、かつての中東依存の状況は変化しています。シェール革命は原油価格の低下へとつながり、世界市場におけるシェアを奪われることを恐れたOPECは増産による値下げ競争へと踏み切りました。その後、2016年11月にロシア等の非加盟国と共に協調減産に転換するまでに原油の価格は低迷し続けました。このような事情は、オイルショック時とは大きく異なっています。OPEC等の一部の勢力の動向によって原油価格が極端な変動をみせる可能性は低下しており、原油価格の予想が各国の物価に与えるインパクトも同様に低下していると考えることができます。
また、中東のオイルマネーの使途の変化も原因として考えられます。原油価格上昇は産油国に巨額の利益をもたらし、それが投資されることによってマネー経済を活性化させます。問題はその投資先がどこに向かうかです。オイルショック時のような中東情勢の混迷期は安全資産に資金が流れますから、オイルマネーの一部も金へと向かい、価格を押し上げる原動力となりました。つまり、オイルショックによる原油価格の高騰と金の価格上昇要因とがリンクしていたわけです。しかし近年は、2010年に発したアラブの春以降、政体維持に危機感をもったアラブ各国は国内安定化を目指し、その一貫としてオイルマネーを自国民の社会保障費へと流す動きが観察されます。もちろんこれはアラブ各国が金を買わないということではありません。国内政策に使いつつ金も買うという選択肢も当然あり得ます。ただ、安全性への志向が対外的・経済的なものだけでなく、対内的・政治的な方面にも生じており、そのために大きな出費が必要となっていることは確かです。さらにアラブ各国は石油依存の経済体制からの脱却を目指し、国内投資に力を入れる傾向が全体的に観察されます。オイルマネーが海外投資に向かう割合はかつてよりは低下していると考えるべきでしょう。とすれば、たとえ原油の価格が上がったとしても、アラブ諸国のオイルマネーが金に向かう余裕はそれほど大きくはないはずです。
更に、原油消費大国であるアメリカ・日本の金融政策も関係すると考えます。マネタリーベースを調整することで期待インフレ率を操作する金融政策の下においては、原油価格が物価に与える影響は相対的に小さくなると考えられます。また、現在日銀は2%のインフレ率を目標としてデフレ脱却を図っていますが、原油価格の上昇に引きづられる形で生じるインフレは望んでいないはずです。実体経済が不活性で賃金の上昇がみられないにも関わらずインフレが生じても、単に家計を圧迫し購買力が低下するだけだからです。逆にいえば、実質賃金が上昇しないにも関わらず原油価格に引きづられる形でインフレが生じた場合は、大規模金融緩和の成功として評価すべきではなく、むしろ日本経済にとってあまりよくない事態だと考えます。
以上より、原油と金との関係は従来の通説である相関ではなく逆相関を原則ととらえる方が適切であると考えます。また、四番目の理由で説明したように、日本のインフレ率が仮に上昇してもそれが実質賃金の上昇を伴う実体を伴ったリフレ政策の成功としてのものか、それとも原油価格に引きずられたものであるのかを見極める際にも、原油価格は有効なメルクマークとして用いることができます。現在の量的質的金融緩和がどのような結末を迎えるかには、トレーダーとして最大限の注意を払っておかなければなりません。その際に、判断を誤ることが無いようにするためにも、長期の原油価格の推移を観察することは大切です。なお、為替の面からみた両者の関係については、13.8 金と為替を御覧ください。