ビットコインはしばしば、"デジタル・ゴールド"とよばれます。ビットコインを金に喩えることは、ある一面では両者の理解を促進させますが、別の一面では過剰な読み込みからくる誤謬を生じさせます。曖昧な概念の理解が判断の誤りを無意識のうちに導く危険を避けるためにも、"デジタル・ゴールド"があらわす範囲を明確にすることが本節の目的です。
デジタル・ゴールド
金とビットコインとの共通点として、マイニング=採掘という言葉や、耐食性、希少性などがよく挙げられます。
耐食性とは腐食しにくいという意味です。金はイオン化傾向が低く非常に安定した金属であり、それゆえの工業的用途もあります。ビットコインはデジタルデータですから時間の経過とともに失われることはありません。希少性については、金は限りある天然資源であり人工的に複製できません。ビットコインも発行上限が約2100万枚と決められています。これらの性質ゆえに金は通貨として必ず有すべき価値保存性がありますし、ビットコインも価値があるかはまだ分かりませんが少なくとも情報の保存性があります。
しかし、両者の最も重要な共通点は、独立性だと考えます。金もビットコインも、中央銀行や政府から独立して存在し得ます。誰の承認を得ずとも、金は金であるがゆえに自明の理として価値を有します。また、第三者のお墨付きがなくとも、ビットコインはブロックチェーン自体によって情報の正しさを証明することができます。中央銀行や政府でさえ、金の価値を完全に制御することはできず、また、ブロックチェーンを改竄することはできません。
このような特質から、ビットコインに代表されるブロックチェーンは、単なる工学的技術に留まらず、ある種の思想性や経済的イデオロギーを内包する部分があります。すなわち、ネオ・リベラリズムやリバタリアンの立場から、国境を越えたフローがあり権力からの恣意的な価値の調整が困難であるビットコインは、自由を象徴するアイコンとしての意味を読み込まれることがあります。そういった立場からは、中国のデジタル人民元のような政府が管理する少数のノードによって運営される仮想通貨は、技術的基礎を共通にしながらもブロックチェーンの理想を脅かすものとして位置づけられるわけです。
これらの自由主義的見解を持つ者が、ビットコインを金に喩えることでブロックチェーン技術の思想的正当性を強調したい側面があることは否めません。つまり、純粋に投資や経済的効能の問題というよりは、政治的・思想的な思惑からの喩えである点に注意が必要です。したがって、トレードにおける具体的な指針としてデジタル・ゴールドの概念を用いるのは基本的には不適と考えるべきです。このことを前提に、個別の問題について検討していきます。
金長期チャートとビットコイン短期チャートとの相似性
「ビットコインは、金が描いたチャートを高速で再現している」。こういった噂話を見聞きした経験のあるトレーダーは多いと思います。実際、2019年7月頃までは両者のチャートは確かに相似していました。下図は、過去約40年の金の月足と、過去約2年のBTCの日足のチャートです。
この相似現象の理由としてよく唱えられた見解は、デジタルゴールドと准えられるBTCは金と共通した性質を有するが故に、人間の自然な心理を反映した結果として類似した軌跡を描くというものです。また、技術的革新によって世の中のあらゆる場面の処理が速くなったことに対応し、金が何十年にも渡って作り上げてきたチャートをビットコインは高速で再現しているされました。
話としては興味を引くものですが、やはり疑似科学というべきか、オカルト的な印象は拭えません。ビットコインが金と共通する性質をもつこと価格の値動きとは別の問題と捉えるべきでしょう。2019年後半にかけて、ビットコインは伸び悩んでおり相似性が大きく崩れたことでこの主張を目にする機会は減りましたが、頭の中でイメージが形成されている場合、無意識に引っ張られ認知の歪みを生む恐れもあります。したがって、一定の結論をだしておくべきでしょう。
思うに、これはサポートラインをブレイクする際に、しばしば見られるチャートパターンだと考えます。つまり特別な形でなく、類型的なパターンです。すなわち、下辺の水平なサポートラインに沿って山と出来高とがどんどん小さくなっていき、やがて下辺をブレイクするというものです。良く似た現象としては、ディセンディング・トライアングルも根本的に同じ現象といえるでしょう。
その後、長い時間をかけて底値圏からの反発を示すソーサー・ボトムを形成し、レジスタンスラインに転じたかつてのサポートラインを出来高を伴って突破し、上昇トレンドへと転じました。
金の月足はそのまま強烈な上昇トレンドが継続しますが、ビットコインは2019年後半から伸び悩んでいる状況で、この相似性が大きく失われたことは先にのべた通りです。
結論を繰り返せば、よくある典型のパターンと考えるべきだと思います。この件に限らず、単純にチャートの形の類似性で判断していては本質を見失います。チャートの動きが第一に優先すべき材料ですが、テクニカルパターンの意味するところを理解せずに単に対照するだけでは条件反射的な売買になってしまいます。現象の本質を理解し、解釈に際してはファンダメンタルズも補助として用いることでテクニカル分析は最大限にその効能を発揮するものだと考えます。
金とビットコインとの等価性
「世界の全ての中央銀行が保有している金の量と、ビットコインの発行上限である約2100万BTCとが仮に等しい価値とすると、1BTCの価値は~である」、あるいは「金の時価総額と、ビットコインの時価総額とが仮に等しいとすると、1BCTの価値は~である」。~の中の数字は、金やBTCの時価により異なりますが、チャートの相似性だけでなく、こういった金とビットコインとの等価性を主張する言説を目にしたことがある方もいると思います。
この点に関しても認知の歪みを防ぐために見解を述べておきます。繰り返しとはなりますが、ビットコインがデジタルゴールドとして金に准えられる本質は、先に述べたように、両者のもつ政府や中央銀行からの独立性です。その価値が金と等しいことを指しているわけではありません。コラムとしては面白いと思いますが、トレーディングにおける指針とすべきでないことは明らかです。場合によってはビットコインの価値は金を上回るかもしれないし下回るかもしれない、そういったフラットな認識のもと、未来を過剰に決め付けず、平衡感覚を保ちましょう。
金とビットコイン
上の二つの論点では否定的見解をとりましたが、金とビットコインとは中央銀行や政府からの独立性を有するという重大な共通点があることは確かです。つまり、既存の金融システムに縛られない存在であり、それゆえに金はリスクオフ時において安全資産としての機能を果たすことができるわけです。とすれば、ビットコインも既存の金融システムに対するヘッジとして機能する余地があります。安全な避難先とはいえなくとも、世界経済の混乱に直接には巻き込まれないゆえに、為替・株式が不調な時期にビットコインへ資金が流入し、結果として金の動きと同調することは考えられます。このことを示したのが以下となります。
上図は、金とBTCとの2017年から2019年にかけての週足チャートの比較図です。これをみるとトレンドの相関性があることが分かります。特に注目すべきは、金の価格がBTCの動きに先行しているように感じられる点です。世界経済の混乱期において、最初に独立性があり安全資産たる金に流入がみられ、その後に安全性は欠くものの独立性があるBTCに流入していると解釈することも可能でしょう。今後ビットコインをはじめとする仮想通貨がどの程度政府や中銀の管理下におかれることになるかによって状況が変わる可能性はあるものの、一先ずの短期・中期の見通しにおいては、金の値動きの先行性は注目に値すると思います
ただ注意点として、金価格は、1200ドルを割ると採掘コストの点から供給が絞られ、結果として価格の強固なサポートがなされる傾向があり、逆に1500ドル以上になるとリサイクルでも採算がとれるようになるため供給が増えレジスタンスが強固になります。そのため、1300ドル~1400ドル近辺においては参考にしやすいものの、それ以下あるいはそれ以上の価格帯では、金チャートのサポートとレジスタンスが強化される点を考慮する必要があります。このことに留意しチャートを解釈していけば、現時点では有効な指標として用いることが可能です。