日米の金利差は、ファンダメンタルとして注目されることがあります。特に近年では、アメリカ10年債の利回りの動向がしばしばチャートに影響を及ぼします。日米の金利差は、今まで述べてきた量的緩和における日米の差異と密接な関係がありますし、ここで一節をとり説明します。特に、日本とアメリカとで国債をめぐる状況が異なる点を正確に理解しておきましょう。
まず前提として、現在は日米の長期金利差が大きく注目されているところ、長期金利は長期国債の利回りに大きく影響を受けること、そして長期国債の代表的存在が10年物国債である点を押さえてください。この点の詳細は、国債の概括的な説明として次節にまとめています。ここでは日米の金利差が与える影響にフォーカスを絞って説明します。
日米の長期金利差が為替に与える影響
2019年11月現在、日本は10年物国債の利回りを日銀による操作対象としています。簡単に復習しますと、2013年4月の量的・質的緩和によって長期国債の保有残高を年50兆円ペースで増やす決定がなされ、2014年10月の追加緩和で年80兆円ペースへと拡大されました。さらに2016年9月、10年物国債利回りが概ね現状程度(ゼロ%程度)で推移するようにと、増加ペースだけでなく具体的にどの水準まで利回りを引き下げるのかを明確にしました。しかし、これによってやや弊害が発生(この弊害の具体的内容については後述します)したので、2018円7月に0.2%程度の利回りを許容する弾力的姿勢へと変化しました。日銀が長期国債を操作対象としこれを低い利回りに抑える目的は、短期国債だけでなく長期国債もオペの対象として買い上げることでマネタリーベースを拡大させ、もって金融機関による融資や投資を活発化させるためです。アメリカ国債と比較する前に要点をまとめると、現在の日本の長期国債の利回りは基本的にはゼロ%に近い水準に抑えられている点と、日銀が長期国債を大量に購入しているのは金融機関にお金を供給することで利回りを下げ、もって長期金利の低下を促し、それにより住宅ローンや設備投資などが積極的に行われるようにすることで景気を回復させるためだという点です。
それに対しアメリカの長期国債はFRBによる操作対象とはなっていません。つまり、基本的には自由に売買されます。自由な売買では、需給によって価格と利回りが決定します。とすれば、もしアメリカ長期国債の利回りが上がれば、それはアメリカ長期国債が売られている、つまりアメリカ長期国債の需要が低くなっているということです。アメリカ国債は安全性は高いですが、所詮は国債ですので株式等よりも利回りは一般に低いです。その需要の低下は、多少の危険を冒しても利回りの高い株式等を積極的に運用しようというリスク志向の高まり、すなわちリスクオンを意味します。逆に、もしアメリカ長期国債の利回りが下がれば、それはアメリカ長期国債が買われている、つまりアメリカ長期国債の需要が高まっているということです。アメリカ国債は非常に安全な金融商品ですから、その需要の高まりは、運用における安全志向の高まり、すなわちリスクオフを意味します。
リスクオンとは、マーケットが世界経済の成長性を信頼している状況です。とすれば、世界経済の中心たるアメリカ株は真っ先に買いが検討される一方で、アメリカ国債は投資先としての魅力が低減します。アメリカ国債の最大の利点は安全性だからです。世界経済全体の成長期待性がある中で、世界中の金融商品の選択肢の中から、わざわざ期待収益性を犠牲にして安全性を求める意味はありません。アメリカ国債を売り、アメリカ株へ移る人も出てきます。そのため、アメリカ国債は売られ価格が下がった結果として利回りが高くなります。アメリカ国債の利回りが上がった影響を受けて、アメリカの長期金利もあがります。この長期金利の上昇は需給の結果として自然に形成されるもので、中央銀行による人工的な利上げとは本質的な性格が異なりますので、必ずしも金融引き締めの性質をもつものではありません。そして金利が上がれば、ドルを買って金融機関に預ければそれだけで高い金利を受けとることができますからドルを買う人が増え、結果ドルの価格があがります。或はアメリカ株を買うためにドルを買う人出てきますからこの点からもドル買いが進みます。
リスクオフとは、マーケットが世界経済の成長性を危惧している状況です。とすれば、アメリカ国債は投資先としての魅力が高まります。アメリカ国債の最大の利点は安全性だからです。そもそも国債自体、国家が借り手となる借用証書のようなものですから、他の金融商品と比較して段違いで安全です。ただ、その発行する国がどこかによって、政治・経済・社会情勢・自然災害などその国特有のカントリーリスク要因は存在します。しかし、アメリカは、色々な視点はあるでしょうが、世界で最も安定的運営がなされている国家と一般には評価されます。それゆえにアメリカ国債は、ゴールドなどと並び立ちうる安全資産として評価されているのです。そのためリスクオフ時にはアメリカ国債の需要が高まり、その結果として利回りが低くなります。アメリカ国債の利回りが下がった影響を受けて、アメリカの長期金利も低下します。この長期金利の低下は需給の結果として自然に形成されるもので、中央銀行による人工的な利下げとは本質的に意味が異なりますので、必ずしも金融緩和の性質をもつものではありません。そして金利が下がれば、ドルを買って金融機関に預けていてもそれほど高い金利を受け取ることができるわけではありませんのでドルを買う人も少なくなり、現在ドルを金融機関に預けている人もそれを売り、外貨に換える人が出てきますので、結果ドル売りが進みます。
先に述べたように、現在は日銀の操作により、日本の長期国債利回りはほぼゼロ%に抑え込まれていますから、日米の長期国債の金利差は、ほぼアメリカ長期国債の利回りの変化によって生じます。ここから、現在の世界経済がリスクオンかリスクオフかを図る目安として、アメリカの長期国債の利回り、つまりその代表的存在であるアメリカ10年物国債の金利に注目が集まるのです。
短期金利差が注目される場合
ここで、なぜ長期国債利回りだけ注目されるのか、短期国債は関係ないのかと疑問が生じた方もいるでしょう。これは関係ないということではなく、長期国債の利回りの方が、より安定的に将来の経済の見通しが図れるということです。現在、FRBの政策金利はFederal Funds Rate、いわゆるFF金利です。FF金利とは、ひとまずは日本の無担保コールレート(オーバーナイト物)のアメリカ版だとイメージすれば分かりやすいと思います(詳細は次節において説明します)。FFレートの目標値は、1.75%~2%に設定されているところ、この目標値を外れた場合にはFRBがシステムレポによって素早く調整します。システムレポとは、短期国債を購入し市場にお金を流すことで、一種の買いオペです。FF金利は、年末・月末など決済が迫った時期では、どうせ短い期間だからと少々高い金利でも借りる機関がでることで、ほんの短期間だけ大きく変動しすぐ元に戻ることがあります。長期国債利回りの場合はこういった事情が介在しないこともあり、長期国債の需要が有るか無いかでマーケット全体のリスクオン・リスクオフの状況をより安定的に図ることができるというわけです。丁度、短い時間足よりも長い時間足の方がエラーが出にくいことと同じようなものです。
現在は10年物国債の金利差が注目されていますが、状況によっては短期の国債利回りが為替相場に強い影響を与えることもあります。たとえば近年では、2008年から2011年にかけては、日米の2年物国債の金利差がドル円相場と重大な相関を持っていました。2008年以降、サブプライム問題が強く意識されるにつれ、FRBが金融緩和を実行するのではないかと意識されるようになったためです。その後、QE1が実行されアメリカ経済の復調の兆しをみせると、今度はFRBの利上げの時期が意識されるようになります。実際は、その後もQE2が続くことになるのですが、当時はより早期に引締めに転じるのではないかと考えられていました。このような状況下では、FRBの政策をより敏感に反映するアメリカ2年物国債の利回りの動向が非常に注目されていました。FRBの政策金利の操作対象はFF金利であるところ、FF金利は2年物国債のオペを通じて調整されるところが大きいためです。比較的近い時期にFRBの政策が変わるだろうと見通しがたつ故に2年債が注目されたわけです。
このように、現在は10年物国債の金利差が注目され、アメリカ10年物国債の利回りが上がればドル高円安方向へ、利回りが下がればドル安円高方向へとする連動性があります。ただ、金利差が注目されるか、されるとして短期・長期のいずれが注目されるかは、その時々の経済的背景によって異なります。この辺りは一種の流行り廃りですから、現在の相場に影響を与える金利はどれであるか、変化する可能性を意識しつつ、常に注意を払う必要があります。
2018年7月 日銀の姿勢の変化について
最後に、なぜ日銀が、長期国債の金利を「概ね現状(ゼロ程度)で推移するように」という数値目標から、2018年7月に0.2%程度の弾力的金利を許容するよう変更したのかを解説します。これはすなわち、長期国債の金利が下がりすぎることによって、どのような弊害があるのかという問いと同義です。国債は国家が発行するものですから、非常に信頼性が高い金融商品です。ましてアメリカや日本といった先進国のものであれば尚更です。そのため、生命保険会社や年金機構など、巨額のお金を動かす一方で投機的な売買をなるべく避けたい機関にとっては、国債は運用に適した商品です。ところが、国債の利回りがあまりに低下してしまうと、国債を中心とする運用は非常に厳しくなってしまいます。また、国債など公社債を中心として構成されるMMFなどの投資信託でも、予定された利益を出すことが困難になります。このような問題が生じたために、長期金利を押さえ込む方針は維持しつつも、若干の弾力的な動きは許容するようにしたということです。
日本の国債の利回りが低すぎることが問題なら、日本国債ではなくて外国国債で運用すればいいじゃないかと思われた方もいるかもしれません。実際、一部はそうなっています。ただ、自国の国債で運用する方が税制や情報量の面で優位であり労力も少なく、また為替リスクから逃れることができます。そのため、できればホームカントリーバイアスの元で運用したいというのが生保等の本音であり、それに日銀が応えたということです。