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報道

出生数・出生率の低下について 

2019年10月7日、厚生労働省より平成30年の人口動態統計の概数が発表されました。出生数が91万8397人と、過去最小を連年更新し続けています。また、合計特殊出生率も1.42と、低下に歯止めがかかりません。その一方で死亡数は136万2482人で戦後最多となりました。一対一の人口再生産も難しい状況です。

人口論は、伝統的に資源との関連で論じられてきた、経済学と関連の深い分野です。マルサスの『人口論』では、端的に以下のように論じます。すなわち、「人口は男女の性愛により指数関数的に上昇するが、食料資源は直線的にしか上昇しない。このため、いずれ人口が資源を上回る。上回れば、飢餓や戦争により資源に見合う水準にまで人口は減少する」と。いわば古典派経済学におけるアダム・スミスの神の見えざる手のごとく、自然な均衡に収まるという発想です。マルサスの議論は、人口論にとどまらずダーウィンの進化論にも影響を与えた偉大な所業です。ただ、この古典的人口論が、人口問題に対する無為無策を暗黙裡に肯定する漠然とした意識を今なお人々に植えつけている可能性はあると思います。

より直接的な影響を日本の施策に与えたのは、ノーベル経済学賞を受賞したゲーリー・ベッカーの主張を受けた出生率の議論です。すなわち、欧米の出生率の低下の主な原因を、女性の就業率の高まり、高い離婚率、ピルによる避妊の三つに求める議論です。ピルは近年解禁されたものの、日本はこれらのいずれにも当てはまらなかったことから、日本の出生率の低下は欧米ほど深刻なものとはならず、時期がくればいずれ自然と回復するだろうという楽観論が行政では主流を占めていました。もちろん厚生省の人口問題研究所などの専門的な部署ではより踏み込んだ議論を展開していましたが、実務にはあまり影響を与えませんでした。今回の発表からをみるに、なかなかに解決が嶮しい事態を伺わせ、日本の少子化は欧米と比べ相対的に深刻な問題でないという主張は正鵠を射ていなかったように思えます。

このような経済学的観点からだけでなく、法学による基本的人権の解釈的発展から導かれた、個人の行動は自由であり国家が過剰に干渉すべきではなく政府が明示的に人口政策を行うことは避けるべきだとする価値観もまた、介入に慎重となる影響を与えたと思います。また、景気の悪化から適齢期の男女の経済的苦境が成婚率に与えた影響など、様々な複合的要因が考えられます。

いずれにせよ、ここにきて政府は危機感を強めています。

もっとも、近代国家における人口の減少は、いわば宿命的な側面もあります。人口と経済水準とは古代から中世にかけては単純な正の比例関係にありましたが、産業革命以後はそのような単純な関係では説明できなくなりました。産業革命直後は、生活水準が急速に向上したことに加え医学の進歩もあり、まず死亡率が劇的に低下しました。それに続き、近代工業社会では、かつての農村のような労働力としての子供を必要とせず、子供を持つことの経済的効用が低下した結果、出生率も低下する事態となりました。現在では、先進国ほど少産少死、途上国ほど多産多死である現象が観察されます。

人口減少は、生産と消費との両方に影響を及ぼします。まず、生産の面からは労働力の不足につながります。人的資本の充実のため、海外の労働力の受け入れは避けがたい状況です。また、消費の面からは内需の先細りを意味します。その一方で、世界全体の名目GDPは急速に拡大し続けています。経済活動には、市場がなくてはなりません。結果、海外に市場を求め、企業経営のグローバル化は避けられないものとなりました。

もともと日本の戦後復興は、貿易を礎としました。ただその輸出相手国は欧米に大きく依存し、またその産業も自動車や精密機械を中心とした一部のものが中心でした。現在のグローバル化は、新たな市場として中国やブリックスが加わる文字通り世界規模のもので、また従来は内需が殆どだった小売やサービス業など非製造業による海外事業展開が積極化しています。

いずれにせよ、少子化・人口減少は先進工業国にとって避けられないものである以上、グローバル化は必須の課題です。しかし、そのインパクトがなるべく小さく抑えられるに越したことはありません。有効な施策がなされれば、労働力と内需との不安から抑制的になっている企業の設備投資に対する意欲を回復させ、ひいては長期的に株式マーケットにも良い影響を与えるでしょう。デイトレードにおいて直接の関係はありませんが、長期目線で世界全体の資金の流れを把握する上では、人口論は有用な視点の一つとなります。

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