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4.13 損切りの典型モデルを構築する意義を再確認する

4章では損切りについて考えてきました。その中で損切りの典型モデルを構築しておくことの重要性を繰り返し述べてきました。最後に、そのような典型モデルを構築する意義、またその用い方について補足しておきます。

典型モデルを構築する意義

人間はポジションを持ってから考えると馬鹿になる

なぜその場で考えるだけでは足らず、事前に典型モデルを構築しそれを洗練化させる必要があるかというと、ポジションをとった時点で人間には認知の歪みが生じるからです。よく知られているものだけでも、自分のポジションを特別なものであるように感じる保有効果、ポジションを支持する情報ばかりを集めるようになる確証バイアス、不合理なまでに損失の発生自体を避けるプロスペクト理論など、多くの認知の歪みが生じます。

このような非合理的な心理的傾向は、無意識に生じるものであり知性の高低に関わらず陥ってしまうものです。誤解を恐れず平易な表現で端的にいえば、「人間はポジションを持ってから考えると馬鹿になる」ということです。

それゆえに、ポジションを持たないフラットな心理的状況下で、トレードスタイルと自分の才能・個性との正確な自己認識のもとに、実行可能性のある典型モデルを事前に構築しておくことで認知の歪みに対抗しなくてはなりません。そしてその典型モデルは、頭の中だけで考えたものではなく、現実の相場の中で考え抜いた帰納法的アプローチの結果のものでなくてはなりません。

典型モデルを用いる際の注意点

聖典化しない

繰り返しとなりますが、マーケットは不完全情報の場である以上、如何なる場面でも如何なる人に対しても有効に作用する絶対的真理を示す典型モデルは存在し得ません。従って、ある典型モデルを構築したからといって、その典型モデルを演繹的にマーケットに当てはめる思考方法では必ず破綻が生じます。市場においては論理的な真偽が問題ではありません。あくまでも、その時々の現実のマーケットから帰納的に仮説を設定し、その仮説が有効に機能しうるか、その検証の手段として典型モデルを使うことに注意してください。

典型モデルを捨てるべき具体的な例

ゆえに、典型モデルとは明らかにかけ離れた場面や特定の戦術的局面においては、即時にこれを打ち捨て、別の基準に基づき判断することも当然あります。

一例として、雇用統計の発表の直後、ドル円に瞬間的な強い上昇波が発生した場面を考えてみましょう。ここ数週間にわたって木曜日に発表される新規失業保険申請数が毎回低下しており、さらにはADPの非農業部門雇用者数も増加していました。これを受けて市場ではドル買いが進んでいます。そのような状況下で、いざ第一週金曜日、雇用統計の発表を迎えました。速報をみると、非農業部門雇用者数は事前予想値やADPよりも僅かに上回っており、失業率もやや低下しています。と、この瞬間、さらに大きくドル買いが入って値が跳ね上がり、チャートが上値のレジスタンスに接触しました。

ここは、ショートを考えてよい場面だと思います。というのも、失業保険の申請も少なくADPの数値も良好であったとすれば、その時点で雇用統計の数字が良いであろうことは推測できます。とすれば、マーケットは未来を織り込んでいきますから、すでに雇用統計発表前までにはドルのロングポジションがかなり積み上げられていると考えられます。実際チャートにもそれが現れているわけです。とすれば、雇用統計の数字が、さらにその期待を上回るほどでなければ新規の買いはもう継続的には入らないのではないかと考えられます。発表された数字は、失業保険数やADPや予想値を裏切るものではなく、むしろそれより僅かとはいえ良い結果でした。とはいえ、既にロングを持っている人が更に買い増しを考えるほどの意外性はもはやありません。まして、より早くにロングを利益確定していた慎重なトレーダーが再度参入することはないでしょう。とすれば、雇用統計だけをみて反射的に買いを入れる参加者が一巡した後は、もはや新たな買いは入らず、徐々に利益確定の売りが入るのではないかという仮説を立てることができます。これは不合理な思考ではありませんし、狙える値幅を考えると魅力的ともいえます。

そのように考えてショートを試しに入れてみました。ところが、その後予想に反して、更にドル買いが進んでいきます。どうやらマーケットは、これを機にさらなる水準の訂正を狙っているようです。とすれば、これは即座にロスカットを選択肢の一つとして考えるべき場面でしょう。具体的には、指標発表後から自分がロングを入れるまでにつけた最高値を更新した場合や、最初のレジスタンスを突破した時点などが考えられます。にもかかわらず、短期モデルで用いる直近3日の高値にはまだ届いていないから損切りは待とうとか、長期モデルで使う3日足のトレンドラインはブレイクしていないからもう少し様子をみよう、などと考えてはならないということです。

明らかに適用条件を満たしていない場面において、損切りを先延ばしにする言い訳を自分に言い聞かせる手段として典型モデルを使ってはなりません。あくまでも典型モデルは、「ポジションを持つと馬鹿になる」という人間の素質に対抗するための解毒剤です。宗教的教典ではありません。典型モデルを構築したことに満足し、それ以上現場で考えることがなくなるとすれば、それは手段の目的化であり時として害にすらなるのです。

-4 損切り