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10.9 国債の一般的性質

国債とは「国の債券」ですから、どこの国の債券であるかが金融商品としての性質に大きく影響します。アメリカ国債の性質は資本主義の先端国家であるアメリカの現状を反映し、日本国債の性質は大規模な量的・質的金融緩和が実施されている日本の現状を反映します。そのような両国の状況下において、日米の長期国債の利回りの差、すなわち長期金利差がドル円相場に強く影響を与えている現状を前節では説明しました。

どこの国の債券かが重要となる国債の性質上、その価格や利回りをどのように解釈すべきかは国や通貨ペアによって異なります。それらを適切に解釈できるよう、国債の一般的性質を今一度ここで整理しておきます。一般的性質を理解していれば、後は各国の特殊性を勘案することで適切な判断に辿り着けるからです。国債の動きを臨機応変に解釈できるよう、今一度基礎を確認しておきましょう。

国債の価格と利回り

本節を設けた理由はもう一つあり、国債の価格と利回りについての質問が多いためです。特に、国債においては価格と利回りとは反対方向に動くという点と利回りが何を意味するのかという点については良く尋ねられます。理解している方は当然に感じますが、学び始めの方は確かに戸惑うところかもしれません。そこで今一度、解説したいと思います。

国債について検討する際、重要な項目は以下となります。すなわち、発行体額面金額表面利率満期償還日利回りです。ここでは、それぞれを日本・100万円・5%・10年後と設定し、利回りがどうなるかを検討していきます。これは、10年後の満期日に100万円が償還される、5%の利息付日本国債です。利息は半年に一度づつ分割して受け取り10年間で合計5万円となります。それに加え、償還日に100万円が返却されますので、合計105万円を受け取ることができます。この105万円のキャッシュフローの権利を日本国が保証するわけです。

新発にせよ既発にせよ、国債を買うとは、キャッシュフローの権利を買うことです。このキャッシュフローの権利をいくらで購入するかで利回りは変化します。例えば、せいぜい97万の価値しかないと判断とすれば、97万で105万円のキャッシュフローが買えるわけですから、105万ー97万=8万円、そして8万÷97万≒0.082×100=8.2%、8.2%÷10年=0.82%が1年あたりの利回りです。逆に、103万まで出す価値があると判断すれば、105万ー103万=2万円、2万÷103万≒0.019×100=1.9%、1.9%÷10年=0.19%が1年あたりの利回りです。

問題は、97万しか出せないとするか103万まで出してもよいとするかを、どのように判断するかです。97万の価値しかないと考えた人は、利回りが0.82%以上でないと購入したくないと考えています。一方、103万まで出してもよいと考えた人は、利回りが0.19%以上なら購入したいと考えています。国債を購入すればその購入金額分だけ資金が拘束され自由に使えなくなるわけですから、10年間資金が拘束されるに見合う利回りはどのくらいと考えるかによって、判断が分かれるわけです。

10年間に及ぶ資金拘束に見合う利回りがどのくらいであるかの判断は、日本の10年後の金利上昇率や物価上昇率や経済成長率を予測し、それらとの比較によってなされます。金利・物価・経済成長率がそれほど上昇しないだろうと判断された場合、低い利回りを許容し高い価額で国債を求める人が多くなります。これはいわば、10年間金庫に保存しておくような感覚です。利回りが低いとはいえ損をするわけでなく、また物価上昇率が利回り以下だった場合はお金の実質的価値は10年後には上昇してるわけですから、安全に資産を預けられるという点に強い価値を見出すわけです。逆に、金利・物価・経済成長率が大きく上昇するだろうと判断された場合は、高い利回りとなる低い価額でないと国債は買われなくなります。安全に対する価値がそれほど重視されない状況では、国債にそれほど魅力はないからです。

とすれば、人工的な介入でなく自然な需給の結果として利回りが下がってくれば、それだけ安全資産としての国債の人気が高く、経済の行く末に不安を抱える人が多いことになります。逆に自然な需給の結果として金利が上がってくれば、それだけ安全資産としての国債に魅力を感じる人が少なく、経済の行く末に期待を抱く人が多いことになります。

実際には、現在の日本の10年物国債は量的・質的緩和による人工的な介入を受けていますから、利回りはほぼゼロ%におさえつけられています。これは国債の利回りを極端に低く抑えこみ長期金利を大幅に低下させることで個人や企業が融資を受けやすいようにすること、また、借り手がいない場合でも金融機関が株式等の運用を活発化させることを目的としています。一方、アメリカの10年物国債は人工的な介入がありませんから、原則通りリスクオンなら利回りが上昇しリスクオフなら利回りが低下します。

ここで注意しておきたいのは、トルコ等の新興国における国債の利回りです。これらの国債は一見利回りが高く見えます。しかし注意してほしいのは、国債の利回りが割にあうものかは、上に述べたように金利・物価・経済成長率との比較においてなされる点です。例えば、トルコ10年物国債の利回りが20%だったとしても、トルコの物価上昇率が30%だったとすれば、トルコリラベースで見た場合、割に合うとはいえません。更にトルコリラを円に交換する際の為替リスクも負います。とすればこれは極めて危険な金融商品といえます。デフレに悩む日本とは違い、トルコ等の新興国はインフレに悩んでいる場合が多くあります。各国ごとの情勢を理解した上でないと国債の性質は理解できないことに今一度注意してください。

国債の利回りと金利一般との関係

また、「国債の利回り」と一般の「金利」とはどう違うのかという質問も多く頂きますので、この点についても改めて説明します。短・長期を問わず国債の利回りは、市中の金融機関が種々の金融商品の金利を決定する際に参考にされます。たとえば、長期国債の利回りは、市中の金融機関が住宅ローンや定期預金などの金利を決める際の目安となります。定期預金で考えると分かりやすいですが、長期国債と定期預金とは、長期間資産を預けることで利息がもらえる点でライバル関係にあります。長期国債の利回りよりも少し高い金利がつく定期預金であれば商品として競争優位性が出ますから、金融機関としては当然に参考にします。とすれば、国債の利回りが下がれば市中の金利も下がり、国債の利回りが上がれば市中の金利も上がることとなります。

金利は、短期金利と長期金利とに分かれます。一般に1年未満の債券や負債の金利が短期金利とされ、1年以上のそれが長期金利とされます。短期金利は無担保コールレート(オーバーナイト)、長期金利は10年物国債の利回りが代表的な指標となります。これらは信頼性が高い経済主体が行う金融的行為の結果であり、また活発にやり取りされているからです。一般に、金利は短期であればあるほど操作が容易で、長期であればあるほど操作が困難となります。そのため、短期金利は恒常的に中央銀行の操作対象となる一方、長期金利は通常は需給によって決定されます。この点、現在の量的・質的緩和では例外的に長期金利も操作対象となっていることは前節までで述べたとおりです。ただ、基本的には長期金利は需給の影響が大きい故に「経済における基礎体温」としての指標的意味を持ちます。

国債の価格と利回りとの発展的理解

ここまでは前節までの復習が主となりましたが、本節では更にもう一歩踏み込んで国債の価格と利回りとについて説明したいと思います。

本節の最初にのべた国債の価格と利回りとの関係は、ある大前提があります。それは、国家が国債の利息の支払いと額面価額の償還とを必ず実行するという信頼があることです。国債とは、端的にいえば国家を借主とする借用証書です。その国債に対する信頼があるとは、お金を返してくれる信頼があるということです。国家が借金を踏み倒すことがあるのかと思われるかもしれませんが、実際、アルゼンチンやロシアはデフォルトを行ったことがありますし、近年でもギリシャ危機は記憶に新しいところです。国債の信頼性が無い場合、すなわち国家の債務返済能力に疑問がある場合、国債の価格の低下はその国の経済的発展への期待を意味するのではなく、逆にその国の経済的崩壊への危惧を意味する場合があります。つまり、信頼できない発行元による国債と判断されたが故に価格が低下し利回りが上昇するケースがあります。これは極めて例外的事態であり日本には関係ないことだと思われるかもしれません。しかし、日本の財務・金融状況に鑑み、日本国債暴落論を主張する論者は現実に存在します。日本でトレーダーとして生きる以上、これを完全に無視することはできません。次節では、この主張の妥当性について考えてみたいと思います。

-10 為替のトレンド発生要因