量子コンピューターの原理である量子力学のスリット図

12.10 量子コンピュータ

量子コンピュータとは、量子力学を用いた、今までのコンピュータとは全く異なる仕組みで動くコンピュータです。ブロックチェーンは、プルーフ・オブ・ワークという膨大な計算量を正当性の根拠におく証明アルゴリズムですから、正しさの証明の根拠となる莫大な計算を圧倒的なハッシュパワーにより短時間でこなし最も長いチェーンを作ることができれば、理論的には改竄が可能です(参照:12.6 ビットコインの技術的基礎知識)。また、保有するビットコインを守る公開鍵暗号についても、天文学的な組み合わせ数を全て試すことができれば突破は可能です。このため、計算量が飛躍的に向上するとされる量子コンピュータをビットコインへの脅威ととらえ、開発が進んだという内容の報道を受けて、BTCの価格が下落する現象がたまに生じます。その際に右往左往しないよう、最低限の基礎知識は身につけておくべきです。

当然、これは極めて高度な専門性を要する分野であり、本質的な理解は不要です。また私を含む大部分の門外漢の人にとって、それは無理なことでしょう。トレーダーとして大切なのは、報道を受けてチャートが下落した場合でも過剰な読み込みをしないようにすることです。チャートの下落場面では、必ずといっていいほど過度な悲観論がweb上に氾濫します。また含み益が生じた場合でも、行き過ぎた期待を寄せてしまった結果、適切な利益確定を逃す恐れがあります。大事なのは認知の歪みを極力生じさせないことです。ポジションを持った後に調べる情報は、無意識にバイアスをかけて解釈してしまいます。故に事前に知識を整理しておくことが重要です。

量子コンピュータの仕組み

量子力学は、それまでのニュートン力学やマクスウェル電磁気学などの古典物理学では説明できないミクロな物理現象を解明するといわれる学問です。原子レベルの細かいスケールの物理現象を的確に記述できるとされます。

通常のコンピュータは、電気のオフとオンとで0か1かを表します。それに対し量子ビットは、超伝導回路をマイナス273度にまで冷やし電気を流すことで発生するエネルギーの波長を0、その波長にマイクロ波を当てることで発生する揺らぎの波長を1とします。なぜ冷やすかというと、超伝導は絶対零度(セルシウス度で−273.15 ℃)近辺でないと発生しない現象だからです。この特徴は、0と1とが重ね合わせた状態を作り出せることです。つまり、一つの量子ビットで0と1とを同時に表すことができるのです。

このような性質により、量子ビットでは、一つの量子ビットで二つの情報を表現できます。更に二つの量子ビットだと2の二乗で四つの情報、三つの量子ビットだと2の三乗で八つの情報・・・といったように複数の情報を同時に表すことが可能となります。100の量子ビットを組み合わせれば、2^(100)=1267650600228229401496703205376もの情報を表すことが可能です。それに対して、従来のビットは0か1×100の結果としての1つの情報しか表すことができません。

技術的課題としては、量子を用いる性質上、微かな振動でもエラーが発生する点、超伝導を用いるため絶対零度にまで冷やす必要があり常温では使用できない点などがあります。

と、教科書通りの説明を一応は記述しましたが、これ以上を理解する必要はありませんし私もしていません。大事な点は、天文学的数字の組み合わせ数を高速で計算できるようになるため、従来のコンピュータで解けなかった問題が量子コンピュータでは解ける可能性があることです。仮想通貨においても、現在用いられている公開暗号鍵の暗号システムが無力化し、また、ブロックチェーンのプルーフ・オブ・ワークの仕組みが無効化する恐れがあることが懸念されています。公開暗号鍵についていえば、約2300量子ビットを計算できれば突破できるといわれます。

量子コンピュータはビットコインを無力化するか

2019年10月にGoogleは、独自開発した「Sycamore」(シカモア)により量子超越性が実証されたと発表しました。最速のスーパーコンピュータSummitが一万年かかる計算を200秒で終えたとするものです。量子超越性とは、従来のコンピュータでは不可能なタスクを処理できることを意味します。このニュースを受けて、ビットコインの価格は大きく下落しました。

しかし、同じく量子コンピュータの研究を進め、またGoogleが比較対象としてあげたスーパーコンピューターSummitの製造元でもあるIBMは、Summitを用いた場合にかかる時間は一万年ではなく二日と半日、しかも最適化すればより高速に解くことも可能であり、量子超越性を示すには全く不十分であるとしています。

さらにGoogle自身もNatureの論文において、以下のように記述しています。「However, realizing the full promise of quantum computing …still requires technical leaps …」すなわち、量子による電子計算の明るい展望を実現するためには…依然として技術的な飛躍が要求される、としています。

これらの情報を総合的に解釈すれば、確かに進歩ではあるものの、技術的ブレイクスルーと評価すべきほどではなく、学問的な意味はさておき、チャートが示した反応ほどには仮想通貨の将来にとって悲観的なニュースではないといってよいと思います。

また、量子コンピュータでも破ることができない暗号の開発も並行して進んでいます。格子暗号・量子鍵配送と呼ばれるものです。こういった量子コンピュータへの耐性がある暗号技術も同時に進歩する以上、ある種のいたちごっこを予想する声も多くあります。また、ブロックチェーンは、より長いチェーンを有効であるとみなします。つまり、改竄に成功しより強いハッシュパワーによって長いチェーンを形成したとしても、フォークした事実ははっきりと痕跡が残るわけです。この点を技術的に発展させ、量子コンピュータに対する耐性を備える研究も行われています。

そもそも、量子コンピュータの一般的な計算演算は従来のコンピュータに劣ります。つまり、従来のコンピュータが処理する全ての問題に対して量子コンピュータが対応できるわけではなく、ある特殊な問題に飛躍的な計算能力の向上がもたらされ、その特殊な問題の一つとして現在用いられている公開鍵暗号の突破があるということです。もちろん現代の暗号技術が突破されれば社会システムの基盤を根本から揺るがす重要な問題ですが、それでも一部の問題ではあり、また対応策もパラレルに進行している点は重要だと考えます。

ある一つのテクノロジーがタームとして世の中に登場してから実用化されるまでには十年から二十年くらいの月日がかかるものだと思います。十五年ほど前だったと思いますが、お台場の日本科学未来館でVRの展示がなされていました。小部屋の中にあり、ゴーグルをはめると地球の全体像が目の前に浮かび、それを手に持ったコントローラーで色々な角度に動かすことができるものだった記憶があります。あれから月日が経ち、ここ数年でようやく様々なVRの商品を目にするようになりました。もちろん、量子コンピュータは全く別の話ですから、この一例をもって論を進めるものではありません。しかし、物理学においては、理論が提唱され、その応用がなされ、更に実現可能な実験モデルがつくられ、そこでようやく実現への具体的展望が開けます。世の中が一変するような革新的技術が一夜にして発明されることはそうそう起こることではありません。

量子コンピュータの報道は、大部分の人にとって本質的理解が困難であるため、しばしば過剰な反応がチャートに現れる傾向があります。これは、ある意味では戻りを狙う好機でもあります。本質的なトレンド転換を発生させるというよりは、売り仕掛けの材料とされるイメージを持つべきだと考えます。

-12 暗号資産のトレンド発生要因