中国・中華人民共和国

12 暗号資産のトレンド発生要因

12.5 デジタル人民元について

リブラはスイスに本部を置きますが、主導的役割はフェイスブック社が果たしています。同社がアメリカの会社である以上、アメリカ政府の意を受けた開発・運用がなされる可能性は考えられますが、実際どうなるかは不透明な状況です。これに対し、中国は、民間ではなく国家が先導して仮想通貨の発行を目指しており、近い将来に実現する可能性はリブラ以上に高いといえます。また、ビットコインの投機的資金の源泉の一つとして中華マネーの存在感は大きいこともあり、デイトレーダーとしては中国の仮想通貨に関するニュースをどのように解釈していくべきか、その基準となる基本的価値観を構築しておく必要があります。

中国政府の仮想通貨に対する態度の二面性

まず、中国政府の仮想通貨に対する態度の二面性を理解しておく必要があります。

中央銀行である中国人民銀行は、仮想通貨の研究に非常に力を入れており、デジタル人民元を世界に先駆けて発行し基軸通貨としての地位を確立したい意向があるといわれます。これを裏付ける状況証拠として、2019年夏以降、中国高官からブロックチェーンに言及する発言が特に目立つようになりました。これはリブラ発表と時期を同じくします。強力なライバルがアメリカから登場したことに対する対外的な牽制と、対内的に取り組みの加速を促したものと解釈できます。

もともと中国はブロックチェーンに対する関心が強く、2016年の「第十三次五ヵ年国家情報計画」において、ブロックチェーンを優先プロジェクトとして指定しています。現在、ブロックチェーン関連企業の設立数、特許出願数は、中国が世界一です。

その一方で中国は、仮想通貨の分散型で制御不能な面に対しては嫌悪感を示しています。2017年に新規ICOを禁止、人民元と仮想通貨との取引を大幅に制限したことに始まり、2019年11月にも仮想通貨事業に対する取り締まりを強化する旨を発表しました。これは、ビットコインを通じて国内資本が流出することへの警戒、反国家的組織による資金洗浄への対策に加えて、不安定な金融投機を特に強く懸念している事情があります。

その懸念とは「中進国の罠」です。中進国の罠とは、途上国が発展を遂げ、一人当たりのGDPが国際的に中程度まで達した後に経済成長が伸び悩みやすい現象を指した、開発経済学における概念です。中進国の罠に嵌らず順調な発展を遂げ産業の高度化を推し進めるためには、資本の資源配分の効率化は不可欠です。つまり安定した金融市場が特に求められる時期となります。そのため、金融リスクに対しては最大限の警戒を払っています。

ただ、そうかと思えば、仮想通貨事業に対する一定の理解も示しています。国家発展改革委員会は、マイニングを禁止が望ましい産業の一つとしてリストアップしていましたが、2019年11月にリストから除外しました。また、バイナンス社は中国市場を焦点にいれた動きを活発化させています。実際、2019年11月にマイニングを事実上認めたことと平仄を合わせて、人民元と仮想通貨のP2P取引が開始されました。このように、中国の仮想通貨に対する態度は非常に繊細な動きをみせます。

デジタル人民元の国際的インパクト:人民元経済圏

中国がデジタル人民元の発行に力を入れる理由は、これにより基軸通貨国としての地位を確立したい意向があるためと述べましたが、この点についてもう少し敷衍します。

近年の中国経済の発展を受けて、2016年10月に国際通貨基金(IMF)の特別引出権(SDR)の五番目の構成通貨として元が採用されました。人民元が国際社会で存在感を増していることを示す象徴的出来事です。とはいえ、基軸通貨国でない国の通貨の価値は、基軸通貨の準備高に依存します。つまり、人民元の存在感が増したといっても、その原因は対米貿易で多くのドルを獲得した結果として中国のドル準備高が高いからこそです。

中国には3兆ドル以上の外貨準備高があります。輸出によって獲得した結果だけでなく、人民元から外貨への両替に制約を設け資本の流出を意図的に防いでいる結果でもあります。

為替介入する際には、外貨を必要とします。例えば、1ドル=7元以上の元安を阻止したい場合には、外貨準備のドルを売り元を買うことで元高の圧力をマーケットに加えることができます。また、多くのドルを準備資産として所持していることは、ドル建て債務の返済能力のメルクマークとなります。たとえ通貨危機等により為替市場が混乱しても、準備資産のドルがあるから返済はして貰えるだろうという信頼につながるわけです。更に、何らかの原因で資本逃避(キャピタルフライト)が生じた場合にも、準備資産のドルを売り元を買うことで元安に歯止めをかけ自国通貨の価値を防衛することができます。これらの事態に対応できるだけの外貨準備高があるとみなされているからこそ、元の存在感が増しているのであって、本質的に元が信頼されているとはまだいえない状況です。また、中国の経済的規模から考えると、3兆ドルの外貨準備高はむしろ不十分であるとする見解も根強く、この点からも元が信頼されているとはいえない状況にあります。

中国はこの事態を根本的に転換させたいと考えています。端的にいえば、ドルに依存しない人民元の価値を築き上げるべく、人民元で決済できる経済圏を確立することを目指しています。

アメリカが国際政治において大きな影響力を保持できる要因の一つが、ドルが基軸通貨であることです。国際決済の場でドルが基本として使われるという事実は、経済だけでなく政治にも影響します。なぜなら、外交手段として経済制裁を加えることが容易にできるからです。ある通貨とドルとの交換を禁止すればそれだけで相手国にはダメージとなりますし、相手国の開いたアメリカ国内の銀行口座をアメリカ政府が差し押さえれば、相手国は他国との交易でドルの決済を行うことが非常に困難になります。

特に、原油は、ペドロダラー制によりドル決済でないと買いにくい事情があります。中国は意外というべきか、原油の対外依存度が高い国で、中東やアフリカ、ロシアなどから大量に輸入しています。2018年よりサウジアラビアとの間で経済協力と引き換えに元建ての原油先物取引を認めさせましたが、まだ当然にドル決済が主軸です。石油に加え、これは意外というべきでしょう、中国は食料の対外依存度が急激に高まっています。急速な工業化による水質汚染や重金属汚染は農業環境の悪化を引き起こし農作物の国際競争力が低下したこと、また食生活の多様化や家畜の飼料等の需要から、現在では輸入が輸出を上回っています。仮にこういった決済がドルで行えなくなってしまうと、中国国内に甚大な影響がでるのは明らかです。また、エネルギーと食料という国家にとって重要な基盤を輸入する必要がある以上、人民元があまりに安くては困ります。それゆえに中国政府は、国内資本の流出を警戒し、ビットコインを規制し、外貨準備高を上げることに執心しているわけです。このように、ドルが基軸通貨であることは、中国にとっては経済・政治共にアキレス腱となりうる危険性を孕んでいます。

もし、人民元が基軸通貨として機能するようになれば、アメリカの経済制裁を恐れる必要がなくなります。仮想通貨により金融システムが世界レベルで一新される可能性があることを好機と捉え、他国に先駆けてデジタル人民元を発行することで覇権を握るための鏑矢とする狙いがあります。

ただ基軸通貨としての地位を確立するといっても、簡単なことではありません。そもそもデジタル人民元が発行されたからといって、必ずしもドルの基軸通貨としての地位が陥落するわけでもありません。一先ずはドルに次ぐ機軸通貨としての地位の確立を目指すと考えるのが適切でしょう。特定の経済圏だけでも人民元での決済が主軸となれば、中国の国際政治経済における地位は大きく向上します。それを踏まえ、中国が東南アジア諸国やパキスタン、アフリカや中東などで外交的な素地を整える動きも観察されます。

デジタル人民元の国内的インパクト:オンライン決済

デジタル人民元が国際的な基軸通貨となりうるかは一先ずおいて、少なくとも中国国内のオンライン決済市場に大きなインパクトを与えることは間違いありません。中国は電子決済大国であり、螞蟻金融服務集団(アント)による支付宝(アリペイ)・騰訊(テンセント)による微信支付(ウィーチャトペイ)とが覇を争っている状況です。中国の決済市場は200兆元以上、日本円にして3000兆円を越える巨大な市場であり、ここにデジタル人民元がどのように関わってくるのかは注目されるところです。

中国関連の報道をどう解釈すべきか

現在の中国は、非常に特殊な国家です。経済的に自由主義を導入しながら、政治的には一党独裁体制をとります。こういった管理された資本主義体制である以上、仮想通貨に対するニュースもどう解釈すればよいか迷う場面が多くなります。仮想通貨の利点といわれる非中央集権的性格にも関わらず、その性質をあくまでも技術的な話に留まらせ、実際は国家が管理することが容易に行える政治体制だからです。つまり、リブラで問題になっているような情報の漏洩やパーソナルデータとの財産状況との結びつきをいかに保護するかといった問題に対しては、デジタル人民元ではあまり問題とはならないでしょう。だからこそスピード感をもって展開できるともいえますし、だからこそ世界的には広がりにくいのではないかともいえます。この当たりは、時宜に応じてチャートと照らし合わせるしかないでしょう。手がかりとしては、対抗馬たるリブラとの対照性によってチャートの反応の大きさは異なると考えます。

中国のスタンスとしては、ブロックチェーン技術の開発に力を入れるものの、あくまでも中央銀行が発行するデジタル人民元による経済圏を確立することが目的であり、その目的を脅かさない程度でビットコイン等を容認するスタンスだと考えます。ある種の契機としてブロックチェーンに関するニュースが報道された場合にもチャートが大きく反応することがありますが、本質的にビットコインのファンダメンタルに変動があったとする捉え方は危険です。とはいえ、完全に抑圧的なわけでもない点がなお解釈を難しくしますが、少なくともビットコインに直接関係するものかブロックチェーンに関するものかを区別する意識は強く持っておくべきです。行き過ぎたチャートの動きは反動もまた激しくなるものです。

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