ORTHRS STRATEGYでは金・原油等コモディティの売買は行っておりませんが、チャートは常に監視しています。これは、投資資金全体の流れを的確に掴むためです。為替・株式・暗号資産・商品のどこにお金が流れているかを判断できることは、投資において身につけるべき必須の能力の一つです。
個別の問題を検討する前に、それぞれの概観を解説しておきます。
金
金は、時代と地域とを問わず、貴金属とされてきた歴史があります。華美な光沢をもち、加工しやすく、工業的にも有用な性質を備えている一方で、産出が極めて困難だからです。
金といえば南アフリカというイメージが昔はありましたが同地における地表近くの金は全て採掘され尽くしており、2019年現在では中国とオーストラリアとロシアが産出上位国です。
産出国も値下がりを防ぐべく採掘量の調整を行ってはいますが、地球全体における金の全埋蔵量は僅か20㎥に収まるともいわれており、採掘の困難さによる希少性だけでなく実際にレアな金属です。また、中世西洋における錬金術の歴史からも明らかなように人工的に金を作り出す試みは悉く失敗に終わっており、現代の科学でも完全に同一の性質をもつ物質を作り出すことはできません。理論上は可能とされても莫大なコストがかかることから将来においても実現は極めて難しいと考えられます。それゆえ、何時如何なる時にでも安定した価値を持つ存在であり、恐らくはこれからもそうでしょう。
このような性質から、金はしばしば安全資産としての性格が強調されます。世界経済の後退が意識される場面、地政学リスクが発現した場面、過度なインフレにより法定通貨の価値が低下した場面、安全性が高い法定通貨たるドルの信認が低下した場面など、いわゆるリスクオフの場面で金の価格は上昇する傾向があります。
また、ドル金利との関係も重要です。ドル円を中心にトレードしていると見落としがちですが、アメリカの高い国力を背景に、世界的には円と同様にドルも安全性の高い通貨とみなされています。ドルの安全資産としての性格にフォーカスした場合、これに高い金利がつけば、低リスク高リターンの良質な投資先といえます。対して金を所持していても、金利はつきません。とすれば、同じ安全資産にせよ、ドルの金利が高ければ金ではなくドルを買おうというインセンティブが働きます。逆にドルの金利が低ければより高い安全性をもつ金を買おうというインセンティブが働きます。ドルの金利が高くなる場面は、基本的にはアメリカの景気が良いリスクオンの場面ですから、それまで人気が無かった安全資産たる金は、FRBの利上げによって更に価格を下げることがあります。逆に、ドルの金利が安くなる場面は、基本的には景気が低迷するリスクオフの場面ですから、それまで人気が高かった安全資産たる金は、FRBの利下げによって更に価格を上げることがあります。
金は各国の外貨準備としても保有されます。外貨準備というとドルをイメージしますが、ドルが法定通貨であるアメリカでは金がその役割を果たします。金を大量に保有することでドルの信認を裏付けるわけです。実際、アメリカの外貨準備に占める金の割合は8割近くになります。中国は外貨準備としてドルやアメリカ国債を大量に保有していますが、近年は金の準備高を増加させる傾向にあります。仮にアメリカとの関係が悪化し経済制裁をなされた場合、外貨準備がドルやアメリカ国債では不安ですが、無国籍通貨たる金ならば安心であることも関係していると思います。
金は、troy ounce(トロイオンス、TOZ・OZ)という単位で取引されます。1トロイオンスは約31gです。おおよそ金貨一枚をイメージすると分かりやすいと思います。
金の取引は、現物と先物とで主に二つに分かれて行われています。現物取引はロンドンが中心で、ロンドン貴金属市場協会におけるLMBA金価格が代表的な指標です。先物取引は、ニューヨーク・マーカンタイル取引所 (NYMEX)にて行われており、一般的にトレーダーが目にするドル建て金チャートはこれになります。
原油
原油は、鯨油に代わってランプ油として用いられるようになって以来、近現代のあらゆる産業で必要とされる資源です。自動車・船舶・航空機等の動力、火力発電所・工場・家庭における熱源、合成繊維・プラスチック・タイヤ等化学製品の原料など、産業の隅々で必要とされます。このため、産業の活発な国において特に多く消費されており、消費上位国はアメリカ・日本・中国となっています。
このような性質上、世界経済と原油価格とは、基本的にはリンクします。実体経済が活発化している状態は、多くの原油を必要とする状態といえるからです。また、原油価格が上昇すれば産油国に大きな利益をもたらします。そうして生まれたオイルマネーが金融市場に投下されることによりマネー経済も活発化します。そのため、原油価格の上昇は世界経済の好調の表れ、逆に原油価格の下落は世界経済の不調の表れと解釈される傾向があります。特に、今までそれほど原油が使われていなかったが産業の発展によって多く使われるようになった国、すなわち経済発展が著しい新興国が台頭する段階では、飛躍的に原油の需要が高くなるため価格が大きく上昇します。BRICs(ブラジル・ロシア・インド・中国)の各国、とりわけ中国の原油需要の動向は、同国の経済状況を反映し、それを受けて原油の価格も変動します。
個別の国でみていくと、原油産出国は、価格が高くなることを望みます。高く売れる方が多く儲かるからです。多く儲かるということは、その国の経済が豊かになるということです。豊かになり経済活動が活発化すればその国の産業や株式に投資するために当該国の通貨を買う機会が増えますし、景気が良くなれば将来の利上げも期待されます。したがって、原油価格の上昇は、産出国の通貨、すなわちカナダドル等の資源国通貨の上昇へと繋がります。
一方、原油の輸入依存国は、価格が安くなることを望みます。あらゆる産業の原価や燃料費が安くなるからです。生産コストが安くなればより多くの利益がでますから、その国の経済は豊かになります。したがって、原油価格の上昇は、輸入依存国の通貨の下落に繋がります。
ただ原油の難しいところは、政治的な要素が入り込んでくる点です。産出国による価格操作、特に供給量の四割を占めるOPEC(石油輸出国機構)の増産ないし減産、シェール革命による産出国としてのアメリカの台頭など様々な不確定要因が入り込んできます。特に中東に産油国が集中しているところ、同地域は歴史的な紛争地でもあり地政学リスクが発生しやすく、このことが予測を難しくします。
また、原油の決済方法も価格形成に影響を与えます。12.5 デジタル人民元についてでも述べましたが、原油はペトロダラー制のもと、ドルによる決済がほとんどです。このため、ドルの価格と原油の価格とに一定の連動が生まれます。ドル安になれば産出国にとっては減益となりますから、主要産油国が協調して減産を実行し供給を引締め人為的に価格を押し上げることがあります。また、アメリカ以外の国にとっては、ドルが安くなれば原油も安く買えることになりますから、需要を押し上げ、原油価格が上昇する要因となりえます。
政治的要因とドル決済とが複合的に絡み合う場合もあります。アメリカはイランに対し経済制裁を行っていますが、産出国であるイランにとっては原油の国際取引が大幅に制限されることを意味します。原油はドル決済が基本であるため、アメリカの金融機関の口座を利用できなくなれば取引もできなくなるからです。
ペトロダラー制は、アメリカの意に逆らった国家に対して容易に経済政策を行うことができるため、ある意味で原油取引をアメリカの監視下におくものです。さらに、原油取引ほどではないにせよ、多くの貿易決済がドルを基本とすることから、この特権的地位はさらに強められています。これを快く思わない国は多く、イランはユーロ建てで決済できるルートを模索していますし、中国も上海の先物取引所に人民元建ての原油先物を上場させ、現状を変える試みがなされています。ただ、ドル決済が基本とされるのは、歴史的経緯だけでなくアメリカの金融システムの安定性・透明性・公正性を根拠とするところも大きいので、現状が変わる事態はそうそう生じないと考えます。
なお、原油の代替可能性がある存在として、しばしば水素エネルギーが話題となります。しかし、水素燃料が一般に普及したとしても即座に石油にとって代わるものではないでしょうし、エネルギーの選択肢が増えるに留まると思います。トレーダーとしては、この点をあまり過敏に考える必要はないでしょう。
原油は、barrel(バレル、bbl)という単位で取引されます。1バレルは、国や取引対象によって正確な定義が異なりますが、おおよそ160ℓです。語源が”樽"ですので、1バレルも一つの樽をイメージすれば分かりやすいと思います。
原油の取引は、消費地ごとに主に三つに分かれて行われています。それぞれの地域において価格の目安となるマーカー原油として、以下のものがあります。すなわち、北米の指標となるウェストテキサスインターミデュエイト原油価格、欧州の指標となるブレント原油価格、アジアの指標となるドバイ原油価格です。ここでつけられた原油価格をもとに産油国は原油の値段を設定し各国に輸出しています。とりわけ重要なのはウェストテキサスインターミデュエイト原油です。これは、テキサス州とニューメキシコ州を中心に採掘された原油の総称で、一般にWTI(West Texas Intermediate)と略されます。その先物取引がニューヨーク・マーカンタイル取引所(NYMEX)にて行われており、一般的にトレーダーが目にする原油チャートはこれになります。
これら三つの取引所の価格が相互に影響を与えつつも個別に価格形成がなされる都合上、各地域の固有の事情によりチャートが動くことがある点については注意しておく必要があります。たとえば、WTIについていえば、現物の備蓄庫の容量が小さいため需給の一時的な乱れが生じやすくそれにより価格が上下することがありますし、アメリカ固有の事情で価格が変動することもあります。ドバイ原油についても、中国経済の好不調の波が価格に反映される傾向がありますし、中東情勢に大きな影響を受けます。中東情勢は、地理的に近接した欧州のブレント石油価格についても影響を与える一方、アメリカ国内の需要を賄うWTIの価格にはそれほど影響を及ぼしません。また、各地域でとれる原油の品質に違いがあることからも価格差が生じます。一般に、WTIが最も高品質とされ、他の二者よりも高い価格がつく傾向があります。
トレードにおける基本的な用い方
金の価格は世界的なリスクオフ・リスクオンを図る有用なメルクマークとなりますから、リアルタイムにチャートを観察する必要があります。それに対し、原油価格は上にみたように複雑な要因が絡み合うため、これを短期トレードにおけるメインの判断基準の一つとして用いることは一部の為替ペアを除き思考経済上あまり合理的ではありません。ただ、時々、原油価格が先導して為替・株式・暗号資産の価格に影響を与えることがあります。不可解に思える動きがあった場合に原油価格を参照すると合点がいくことがありますので、意識にはおいておきましょう。また、長期トレンドを探る上では、有用な一材料となります。
資料
最後に、金と原油との産出上位国の一覧を掲載しておきます。両商品を巡るなんらかのファンダメンタル要因が生じた場合に、その重みを計る手がかりの一つとなる場合があります。
金の産出上位国(2018)
国家 | 金の産出量(t) | 金の埋蔵量(t) |
中華人民共和国 | 400 | 2000 |
オーストラリア | 310 | 9800 |
ロシア連邦 | 295 | 5300 |
アメリカ合衆国 | 210 | 3000 |
カナダ | 185 | 2000 |
ペルー | 145 | 2600 |
ガーナ | 130 | 1000 |
メキシコ | 125 | 1400 |
南アフリカ共和国 | 120 | 6000 |
ウズベキスタン | 105 | 1800 |
インドネシア | 85 | 2500 |
カザフスタン | 85 | 1000 |
ブラジル | 81 | 2400 |
パプアニューギニア | 65 | 1300 |
その他 | 883 | 920 |
出典:U.S.Geological Survey - Mineral comodity summaries 2019,71頁
原油の産出上位国(2018) ※単位は千
国家 | 原油の生産量(barrels per day) |
アメリカ合衆国 | 15311 |
サウジアラビア | 12287 |
ロシア連邦 | 11438 |
カナダ | 5208 |
イラン | 4715 |
イラク | 4614 |
アラブ首長国連邦 | 3942 |
中華人民共和国 | 3798 |
クウェート | 3049 |
ブラジル | 2683 |
メキシコ | 2068 |
ニジェール | 2051 |
カザフスタン | 1927 |
カタール | 1879 |
ノルウェー | 1844 |
機構名 | 原油の生産量’(barrels per day) |
Non-OECD | 68389 |
Non-OPEC | 55380 |
OPEC | 39338 |
OECD | 26329 |
EU | 1533 |