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8 時間

8.1 時間的要因

時間的概念を取引に取り入れることは売買戦略に新たな次元を加えるものであり、マーケットを立体的に捉えることを助けます。ただ、戦略に時間的観念を取り入れるに際しては、ある問題についての言及を避けることはできないでしょう。その問題とは、アノマリーです。アノマリーとは、端的には「経験則に基づく売買方針」と定義づけることができると思います。

この経験則をどうとらえるかについて、一つのヒントとして中国を取り上げてみます。支那は、歴史的にみて経験則を非常に重視した学問的姿勢をとってきました。そもそも官学であった儒教にしても、孔子の個人的経験を哲学的思想体系に昇華させたものです。アジアにおける圧倒的先進国であったが故に中華思想が生まれ、自らの生きる中華の世界を網羅的に著述することが世界の理を明らかにすることと同義となり、その結果、古代ギリシャでみられたような、世界のあらゆる場所に共通して通用する理の存在、すなわち普遍性を追求する姿勢が生まれにくくなったことが社会心理的背景にあると考えます。このような経験則の集大成としての学問は北宋を頂点としてある種の完結をみせますが、以後は根本的なスキームに大きな変化を生じさせることはなく、ただ王朝交代だけが続いた結果として、マルクスがいうところの中華的停滞が生じたと私は考えています。

このように、行き過ぎた経験則の重視がスキームの進歩を停滞させることは、一般論としては事実だと思います。ただルネッサンス以前において、政治経済はもちろん学問的にも最も安定してその発展を示した文化圏のひとつが支那であることは疑いようがありません。そして、投資、特にデイトレードにおいては、その特質上、現場における帰納法的思考を一義におくべきであることは序論において既に言及しました。とすれば、デイトレーダーとして、アノマリーにどのように向き合えばいいのでしょうか。

ここで私はもう一度中国の歴史に、そのヒントを求めたいと思います。2016年に中国中医科科学院に籍を置く屠呦呦氏が、高熱に対し処方する漢方薬の青蒿からマラリアの治療に効果があるアーテミシニンの抽出に成功した実績により、自然科学部門では中国初となるノーベル生理学・医学賞を受賞したのは記憶に新しいでしょう。漢方薬は経験則の集大成の一つですが、その正しさの一部が近年の西洋科学の観点からも明らかとなったわけです。

経済学はscienceであるべきですし、投資もまたできる限りそうであるべきだと思います。ですが、既存の論理や法則や定理に依存しすぎると、思考が演繹的、それも範囲が限定された中から窮屈に生み出される演繹的思考に偏ってしまい、視野が狭まる危険性があります。繰り返し述べているように、ORTHRUS STRATEGYでは、マーケットにおいては帰納法的思考手段をとることを推奨しています。アノマリーの無視は、この帰納法的思考の妨げの一因となる可能性があるのです。

アノマリーは帰納法的思考の産物と呼ぶにはあまりに稚拙であり原始的ですが、既存の体系では説明できていない何らかの未知の真実を含む可能性がある以上、これを全く無視することは、やはり問題があると考えます。とすれば、次に、具体的にはどのように評価すべきかが問題となります。

この点に関しては、アノマリーを売買戦略、とりわけトレンド判断の直接の根拠とはすべきでないが、自分が判断した方向性とアノマリーとが一致する場合には、そのトレンドの方向性にかかる力がより強くなる根拠としては用いてよいと考えます。つまり、ベクトルでいうところの向きの係数とはならないが、大きさの係数としては使用してよいと考えるのです。上に述べたように未知の真理が存在する可能性がありますし、とりわけ広く投資家に知られているアノマリーの場合、仮にそのアノマリーに科学的根拠が全く存在しなかったとしても、相場参加者に特定の心理的影響を与えることは考えられるからです。

もちろん本章で取り上げる時間的要因は、アノマリーだけではありません。定量的・定性的にマーケットの価格形成とはっきりとした因果関係があるものもあります。ただ、その性質上、相関関係にすぎないと思われるアノマリーも多くあることから、ここで最初に一言述べておきました。

アノマリーの取り扱いに注意がいるにしても、マーケットが何らかの周期性を備えていることは間違いありません。特定の時間に特定の方向に動く市場の傾向を事前に知り、また適宜参照することができるようにするのが本章の目的です。

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