ビットコインからハードフォークしたコインは、ビットコインゴールド(BTG)やビットコインダイヤモンド(BCD)など70種類以上ありますが、その多くは取引所に上場しておらず、上場していても時価総額の低いものがほとんどです。しかし、ビットコインキャッシュ(BCH)に関しては、時価総額も大きく、その分裂騒動がBTCのチャートに大きな影響を与えました。12.6 ビットコインの技術的基礎知識を前提に、どういった事情からハードフォークが生じるのか、具体的事例を通して理解しましょう。
また、ハードフォークではありませんが、BCHを取り上げる関係上、同様に有名なアルトコインであるライトコイン(LTC)についても本節でまとめて説明しておきます。
ビットコインキャッシュ(BCH)
なぜBCHが登場したかというと、ビットコインの仕様を巡る対立が生じたからです。それはビットコインのスケーラビリティ、すなわち機能の拡張性を巡る争いです。どういう機能かというと、処理速度です。ビットコインのブロックは約10分に一度生成されますが、なるべく多くのトランザクションを処理できれば、決済やウォレット間の移動の遅延が発生することも少なくなります。そこで大量のトランザクションをブロックにまとめる処理の速度を上げるべく、二つの見解が主張されました。一つは、ブロックのサイズを従来の1MBから8MBに大きくしようという意見、もう一つは、ブロックのサイズは従来の1MBと同じに保ちつつSegwitという方法でデータを圧縮しようという意見です。
ブロックの8MBへの拡大は、主にマイナー側から主張されました。とりわけ大手マイナーのBITMAIN社の吳忌寒(ジハン・ウー)は、Segwitの導入に大反対しました。なぜなら、BITMAIN社は効率的にマイニングができる特殊なアルゴリズムの特許を取得し大きな収益を上げていたところ、Segwitが導入されればその特殊なアルゴリズムは使えなくなってしまうことが分かったからです。また他のマイナーも、ブロックが大きくなればそれだけ10分間でより多くの取引を処理できるようになり、その結果トランザクションの手数料もより多く獲得できるため、8MBへの拡張を支持しました。
これに対し、Segwitによる圧縮は、主に開発者側から主張されました。Segwitはマイクロペイント(小額の送金)にとって都合がよく、またトランザクション手数料も低廉化されますので、使い勝手が良くなりビットコインの普及を後押しします。なによりブロックサイズを8MBにすると高性能のマシンしかマイニングに参加できなくなり、マイナーの寡占化が進みます。マイナーは、ビットコインの取引記録台帳たるブロックを作成する大事な役割を担っていますが、それゆえにある特定のマイナー集団が寡占してしまうと、その特定のマイナー集団の発言力が強くなってしまい、せっかくの分散型記録管理というビットコインの非中央集権的な性格が失われます。開発者側は、ビットコインの分散型管理に民主主義的理想を読み込む者が多く、そのような寡占的体制を嫌いました。寧ろBITMAIN社の特殊なアルゴリズムを使用できなくするためにSegwitを導入しようとした面さえあります。
結局、2017年8月1日、8MBにサイズを拡大する仕様を取り入れたブロックがハードフォークし、これがビットコインキャッシュ(BCH)となりました。この分裂前後に吳忌寒が自身のtwitterで発言する内容がBTCとBCHの価格に影響を与える現象が観察されました。また、Blockchain.infoやKrakenへの投資など、初期からビットコインに携わってきた投資家のRoger Ver(ロジャー・バー)も、自身のtwitter上でビットコインキャッシュへの支持を表明し、これを受けてBCHの価格が上昇する現象が観察されました。
その後、BTCではなくBCHを基軸通貨として扱う取引所が出現しました。CoinEXです。ただ、CoinEXはViaBTC社が運営しているところ、ViaBTC社は先の吳忌寒が経営するBITMAIN社の出資を受けて設立された会社である点には注意が必要です。
ハードフォークしたものが通貨として認められそのまま上場した場合、それ以前から元の通貨を保有していた人には、分裂した新しい通貨が付与されます。直感的には得をした気分になりますが、理論的にはハードフォークした新しい通貨の時価総額の分、元の通貨の時価総額は減少するはずですから、総資産額に変化がない、というのが教科書的な答えとなります。
ここは、株式分割と類似性があります。株式の時価が高すぎて市場で売買されにくくなった場合に、流通性を高めるために細かく分割されることがあります。これを株式分割(会社法183条)といいます。たとえば1株300万の株式があったとすれば、10株30万に分割するわけです。この場合も理論上は時価総額は変わらないはずです。しかし実際には、そもそもその株に人気がある結果として300万まで時価が上昇したようなケースが多く、ある種のお約束として、株式分割のIRが出た翌日の寄り付きは高くなる傾向が観察されます。ただ、注意しておきたいのは、株式分割のIRが出た翌日は上昇する傾向が確かにあるものの、実際に分割される日には売られる傾向があることです。この辺の事情は材料出尽くし現象として別に一節をとり説明する予定です。
仮想通貨の場合も、同様の傾向はあり、ハードフォークを材料として捉え、価格が値上がりする現象はよく発生します。実際、2017年8月1日にBCHが分裂した際も、BTCの時価総額は上昇しました。BCHの場合は直前の7月31日まで揉めたこともあり、また株式と違って何日以上前に分割予定を発表しなければならない、といったような厳密な法整備がなされていないので、株式分割とはまた異なる動きをします。統計的な優位性をもつほどのサンプル数もまだなく、ケーススタディをするにはそれぞれ特殊な背景が多すぎるため、過度な一般化は危険です。仮想通貨の場合は、その時々の報道を丁寧に拾っていく方が良いと思います。
その際、先述したように、Twitterは有効な情報源となります。情報が錯綜する場面では、関係者のTwitterの発言によって価格が変動する現象がしばしば観察されます。ただその一方、一般にtwitterの発言は、二転三転することが珍しくありません。所詮は短文ですから、思わせぶりな言葉をつぶやき、後からそれに反するような発言をしても、真意はそうでなかったと反論することもあります。一時の急騰・急落を探る上では便利なツールですが、一般にあまり過剰な意味を読み込むべきではありません。一部例外はありますが、原則として短い時間軸におけるトレードの参考材料とするにとどめるべきです。
ハードフォークに関する問題は、先行きが読みにくいこともあり、価格のボラティリティはあるものの、あまり大きな利幅を狙う場面ではないと考えます。短い時間幅で細かく利益を積み立てていく方が大きな過ちは犯さず、利小損大の戦略とも一致します。
ライトコイン(LTC)
ライトコインは、2011年10月にCharlie Lee(チャーリー・リー)が開発しました。Charlie Leeはマサチューセッツ工科大学卒、同大学院修了後、Goolgeに入社した技術者です。ライトコインはビットコインキャッシュと異なり、ビットコインがハードフォークしたものではありません。ビットコインのソースコードを用いてはいますが、別に開発された仮想通貨です。
「ビットコインを金とすると、ライトコインは銀である」と喩えられます。これはライトコインはビットコインほどの希少性は無いが、より身近な存在として日常の小額決済に使えることを目指した仮想通貨であることに由来します。ビットコインキャッシュがビットコインの対抗馬的存在であるのに対し、ライトコインはビットコインの補完的役割を果たすことを目指した存在であると理解すると分かりやすいと思います。
ライトコインは、Segwitをいち早く導入しました。ブロック作成速度が、ビットコイン約10分であるのに対しライトコイン約2分30秒と約四分の一となっています。ブロックが早く作られるということは、台帳への記載がそれだけ速いということですから、取引が承認されるまでにかかる時間が短いことを意味します。また、発行上限数はビットコイン2100万枚に対して、ライトコイン8400万枚と、約4倍となります。発行上限数が多いということは、それだけ希少性が少なく、また流通が多くなります。その他、アトミックスワイプにより、異なるブロックチェーンの技術で開発されたコインを取引所を介さず直接交換できる特性を備えています。いずれも小額の決済に向けて開発されたライトコインの性質に沿った仕様といえます。
現在、Chalie Leeは、ライトコインを全て売却しているため、利害関係が直接に絡む吳忌寒やRoger VerほどにはTwitter等での発言が価格に影響を与えることはありません。