12.6 ビットコインの技術的基礎知識で解説したように、ビットコインのブロックの生成は、ある条件を満たすハッシュ値を導くナンスを求める作業です。その計算の速さと難易度を示すハッシュレートとディフィカルティについて、両者が価格に与える影響を中心に解説していきます。
ハッシュレートとディフィカルティとが価格に与える影響
ハッシュレートの上昇は、より多くのマイナーがマイニングに参加することで生じます。ブロック生成の報酬としてのビットコインは一番最初に適切なナンスを発見したマイナーしか貰えないところ、参加するマイナーが多ければ多いほど競争原理が働きより高いレートが求められるようになるからです。多くのマイナーがマイニングに参加しているということは、ビットコインの取引がそれだけ多くのマイナーによって記録台帳たるブロックに記載されることを意味します。セキュリティの観点からは、取引がより多くのコンピューターに分散して記録されている方が安心です。なぜなら、より多くの正しい証拠が残っていればいるほど、悪意者が取引記録を改竄・消去することは困難な作業となるからです。このことから、ハッシュレートが上昇すれば通貨の信頼性が上がり、ハッシュレートが下降すれば通貨の信頼性が下がったと評価し得ます。この信頼性の上昇・下降がそのまま価格に反映されることもあります。
また、ハッシュレートの上昇は、より高性能のマシンを使用またはより多くの電気代を消費することでも生じます。より高性能のマシンを用いるまたは高い電気代を払うということは、それだけの費用をかけてもマイニングで利益がでるとマイナーが考えていることを意味します。ビットコインの将来が明るいと考えるからこそマイナーは高い土地建物やコンピューターや電気代をかけてマイニングするわけですから、ハッシュレートの上昇は、それだけビットコインの将来に強気なマイナーが多いのだと解釈され、価格が上昇することがあります。このように、ハッシュレートが上昇すればそれだけビットコインの将来が明るいと考えるマイナーが増えており、ハッシュレートが下降すればそれだけビットコインの将来が暗いと考えるマイナーが増えていると評価しえます。
以上の関係は、ハッシュレート→価格だけでなく価格→ハッシュレートの流れでも成り立ちます。すなわち、ビットコインの価格が暴騰すれば、マイニングに参加する会社が増え、より高価なマシンが導入される結果、ハッシュレートは上がる傾向があります。逆にビットコインの価格が暴落すれば、採算が合わないと判断しマイニングから撤退する企業が多く出て、あまり高価な設備投資もなされなくなり、ハッシュレートは下落する傾向があります。
こうしてみると、ハッシュレートの上昇・下落と価格の上昇・下落とはリンクしているように思えます。しかし、話はそう単純ではないことに注意が必要です。改めて確認すると、ハッシュ値を求める計算速度がハッシュレートです。分かりやすく換言すれば、10分で一つのブロックを作成するのに、コンピューターがどれくらい頭が良い必要があるかを意味します。ただ、あまりに頭が良すぎると、どんどんブロックを作っていってしまい、約10分に一つブロックを作成するというビットコインのルールが崩れてしまいます。そこで、時々問題を難しくすることで、約10分に一つのブロックというペースを維持させるわけです。ただ、問題が見直されるのは二週間に一度です。逆にいえば二週間の難易度は一定ですから、その間にどんどんと頭が良くなっていった場合、つまりハッシュレートが上がった場合は早いペースでブロックが作成されていきます。これは、マイニングできる量が増えることを意味します。多くマイニングすることで報酬のビットコインを大量に貰ったマイナーが、もし市場でそれを売れば大きな売り圧力となります。そしてマイナーにはそれを売る動機があります。なぜなら、ハッシュレートが高いということは、それに対応できる頭の良い高価なコンピューターを用意しておく必要があり、電気代も掛かります。つまりより高いコストが掛かっているわけです。そのコストを回収する最も手早い方法は報酬のビットコインを売ることです。以上をまとめると、ハッシュレートの上昇が、価格下落要因となりうることを意味します。
この状態で、二週間に一度の難易度の見直しがあり、ディフィカルティが上がったとします。仮にハッシュレートが同じであれば、難易度の上昇に伴いブロックの生成にはより長い時間がかかるようになります。これは、マイニングできる量が減ることを意味します。マイニングの量が少なくなり、報酬のビットコインが少なくなるということは、仮にそれが市場で売られても、前週よりは売り圧力が減少することになります。つまり、ディフィカルティの上昇が、価格下落要因を打ち消し、価格上昇要因となりうることを意味します。
ハッシュレートとディフィカルティの見方
両者の推移は、BitInfoChartsにて確認できます。(Hashrate 、Difficulty )
ハッシュレートは、K(キロ=1000)、M(メガ=100万)、G(ギガ=10億)、T(テラ=1兆)、P(ペタ=1000兆)の単位を用いて表示されます。例えば、1Ghash/s(ギガハッシュセカンド) といった形になります。sはsecond、つまり秒を表します。一秒間に1ギガ、つまり10億回のハッシュ計算がなされることでブロックが生成されることを表します。
ディフィカルティは、大きくなるほどナンスに当てはまる可能性がある数値は多く、小さくなるほどナンスに当てはまる可能性のある数値は少なくなることで難易度の調整ができる仕組みです。詳しくいえば、マイニングとは「ある条件を満たすハッシュ値を導くようなナンスを求める計算」(参照:12.6 ビットコインの技術的基礎知識)であるところ、”ある条件”とは、具体的にはハッシュ値がターゲットという数値より低い値になることを要求するものです。つまりターゲットが大きければ大きいほど条件を満たすハッシュ値は探しやすくなります。ディフィカルティは、ターゲットの最大値を現在のターゲットの数値で割ったものです。したがって、ディフィカルティは、大きいほどマイニングが難しく、小さいほど易しいことを表します。
ハッシュレートをトレードにどう生かすか
ORTHRUS STRATEGYでは、長期予測の一材料としてハッシュレートを、短期・中期予測の一材料としてディフィカルティを用いています。最初にハッシュレートから検討します。
ハッシュレートは、それぞれの通貨単体での動きと共に、ビットコイン・ビットコインキャッシュ・ライトコインの三つの通貨における相対的な動きを意識すると、より立体的な解釈が可能となります。ビットコインキャッシュはビットコインに対抗する存在、また、ライトコインはビットコインの補完的な存在であるためです。また、Segwitの問題等で一部例外はありますが、基本的には、この三者は同一のマシンでマイニングすることが可能です。そしてライトコインはよりスペックの低いマシンでの採掘が可能です。このような事情から、マイナーの関心が、仮想通貨全体に向けられたものか、ビットコインに強く集中したものか、それとも三者とも関心が失われたのかを三者の相関において推測することができます。
まず、BTCの価格とハッシュレートです。2017年12月から2019年11月までの2年間のチャートです。ハッシュレートは、2018年の7月前半の高値をつけるまで一貫して上昇している点に注目してください。価格は、大幅な下落と停滞とを2019年3月まで継続していますが、それにもかかわらず、マイナーの関心はビットコインから離れていなかった、つまり将来の価格上昇を示すサインとして機能していました。もう一つ、2018年11月12月の大幅な価格下落の前に、ハッシュレートの上昇が停滞していることも注目されます。高い水準は維持しているものの、上昇が停滞し、波長が大きくなっていることから、一旦底を探る動きがあることを推測できる手がかりとして機能しました。
2019年の後半は、価格の落ち込みにもかかわらず、ハッシュレートは高い水準を維持していましたが、2019年末になりハッシュレートの波長が大きくなり、やや下降気味である点は気になります。来年のBTCの半減期に向けて、ハッシュレートの動きは特に注目しておかなくてはなりません。この点については、12.9 半減期にて説明します。
上図は、BCHの価格とハッシュレートとなります。上図には示しておりませんが、BCHの分裂直後の2017年8月直後は、激しくハッシュレートが変動、それに伴いBTCとBCHの価格が変動する動きが見られましたが、これは12.8 ハードフォークで説明したような特殊事情下における動きだと解釈されますので、過度な一般化は危険だと考えます。一応説明しておくと、分裂直後で様々な思惑が錯綜する場面で、BTCのディフィカルティが急上昇し、また、BTCのSegwit導入延期決定前だったこともあり、多くのマイナーが旧来型のマシンで採掘できるBCHに流れたのであろうと解釈しています。更にこの時期は吳忌寒がTwitterでBCHの正当性を主張する旨の投稿をしたこともこの動きを後押ししたと考えられます。
本題に戻ると、現在のBCHはハッシュレートがそれほど上昇傾向ではない点が注目されます。やはりマイナーの関心がBTCに向いていると解釈すべきでしょう。監視は重要ですが、2019年12月現在においては、デイトレードの主役はやはりBTCであるべきだと考えます。
上図は、LTCの価格とハッシュレートです。価格は、2017年末に最高値をつけた後、揺り戻しを挟みつつも2018年末までに大きく下落しています。その一方、ハッシュレートは、2017年12月から2018年5月半ばまで一貫して上昇、その後2018年6月から2018年末にかけてやや下降気味ではあるものの、その落ち込みは価格のそれよりも小さい割合となっています。このように、価格の下落に引きずられず、ハッシュレートが高い水準維持している状態は、マイナーがそれだけLTCに対し将来の価格上昇を期待していたと解釈することができます。実際、2019年に入ってからは、価格とハッシュレートがパラレルに上昇しました。ハッシュレートを定期的に観察していれば、この価格の動きを予測することは容易でした。
その後、2019年8月5日に半減期を迎えたLTCは、その直前の7月初頭から価格が下落し始め、その後にハッシュレートも後追いするように下落しています。今回の価格の下落においては、上に述べたようなハッシュレートの高水準の維持は生じていないどころか、むしろ価格以上に大きな割合で下落している点に注意を払う必要があります。これはマイナーの関心が、大きく失われていると解釈できますので、現時点ではライトコインを売買対象とすることは推奨されないという結論が導き出せます。
ディフィカルティをトレードにどう生かすか
これは、2019年の1月から6月にかけてのビットコインの価格(実線)とディフィカルティ(破線)との推移を切り取ったものです。2019年前半の上昇相場において、ディフィカルティの上昇が価格に先行している様子が見てとれます。この時期は、難易度の上昇により売り圧力が減少、それを受けて価格が上昇、その後にハッシュレートが上昇、売り圧力が増加し価格が停滞、それを受けて再び難易度が上昇し売り圧力が減少・・・といったサイクルが観察されました。このように、BTCの短期トレードにおいて二週間のディフィカルティを一つの時間的区切りとして考えていくのは有効な手段といえます。
上に述べたように、ハッシュレート・ディフィカルティと価格とは、比例関係にもなりますし反比例の関係にもなり得ます。ただ、どちらに作用するにせよ、循環を見抜くことができれば、しばらくの間は戦略的優位性をもって取引できます。機械的にチャートのパターンで認識するのではなく、今どのような現象が生じているのかを細分化して捉え、その細分化された個々の要素のパターンを見抜くことが大事です。